マコの闘病日記


闘病生活をつづった日記
by amamasa2006
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カテゴリ:病気と私( 25 )

セカンドオピニオン~国立がんセンター~

今日はやぁぁぁっと!先日行ってきた東京の国立がんセンターでのセカンドオピニオンについてご報告したいと思います。長い文章なので休み休み読んでねヘ(゚∀゚*)ノ

まず、この国立がんセンターは日本で1番と言われるガン専門の医療機関です。最高水準の治療とガンの研究とガンにまつわる情報も一番豊富と言って良いでしょう。各分野の専門医がいて、私にできたような整形分野の腫瘍を専門とする医師は関東では今お世話になっている病院とココにしかいないらしく、初めて腫瘍が発見された時もこの2つの病院を紹介されました。東京では毎日の看病が大変という事で同じ県内の病院を選びましたが、今回現在の担当医の判断と自分の意思で、「もう治療はしない」という結果を出したのですがやっぱり、もし何か他に手があるのならば。。。という気持ちと、もちろん今の担当Drを信頼しているのを前提として、日本で1番の専門医も同じ結論を下すのなら納得しようじゃないか、という私と家族の意向で今回のセカンドオピニオンを受ける事となったのです。


国立がんセンターは東京の築地にあります。担当医から紹介の手続きをしていただき、やっと決まった予約日の時間は7月4日午後3時でした。2時半までに受付を済ませるようにと送られてきたFAXに書かれていました。
こちらからはママと私2人で電車に乗って東京へと向かいました。365日働くママと2人で東京に行くなんて生まれて初めてで、疲れないように寝ながら行かなきゃねなんて言ってたのに、上野までの約1時間嬉しくてしゃべりっぱなしの私でした(#^.^#)
上野に着くと兄が待っていてくれました。そこからは私が車イスなのでタクシー移動となりました。都内のタクシーは車イスの方の利用率がとっても多いらしくて、運転手さんはみんなとっても親切でした♪
国立がんセンターに程近い銀座で兄嫁のNちゃんと合流しました。この日のためにお仕事を午後からお休みにしてくれたんです。お兄ちゃん、Nちゃんあのときはありがとうね(^^)
そしてちょうどお昼になったので、Nちゃんの案内で目の前にあったビルの中の会席料理屋さんでランチを食べました。このビルは最近出来たばかりで、今ちょうど月9の「サプリ」というドラマで主演の伊東美咲とKAT-TUNの亀梨クンが働いているビルとして使われているそうです。(余談でした。)


そしていよいよ予約時間の1時間前となり、築地市場を横目に見ながら徒歩で国立がんセンターへと向かいました。
想像をはるかに超える大きなビル。中はまるでホテルのような造りでした。ロビーには沢山の人、この中には私のように他県からセカンドオピニオンを受けにきている方や闘病中の方がきっとたくさんいたのでしょう。
各種手続きをし、指定された階へと移動。またそこで少し手続きをし、呼ばれるまで待つように言われました。この時点でだいぶ疲れてしまった私は、ロビーのイスに横たわり寝ながらその時を待ちました。2時間くらい待ったでしょうか?人気の少なくなったロビーで私の名前を呼ぶアナウンスが聞こえました。
家族全員で先生のいる部屋に入りました。優しい物腰の先生と挨拶を済ませると、先生は茨城の病院から借りてきたレントゲンやMRIなどの資料を出し、担当医からの紹介状を読み上げ、今までの治療の流れを私と一緒に確認してくれました。そして切開生検で取り出した私の腫瘍細胞の顕微鏡写真を見ながら「私がもし診断するのであれば、胞巣状軟部肉腫(ほうそうじょうなんぶにくしゅ)と診断します。」と言いました。

このブログでみなさんにお伝えしている私の病名は「淡明細胞肉腫(たんめいさいぼうにくしゅ)」ですよね?
実は入院中担当医が、「病理のDr達からあなたの病気はもう一つ淡明~とよく似た肉腫ではないか?と言われているんですが、今の段階では私は淡明~で間違いないと。。。」という話を聞かされていました。しかし国立がんセンターの先生宛の紹介状の中には「のちに胞巣状軟部肉腫と病名変更」と書かれていました。
担当医の名誉の為に言いますが、これは誤診でもなんでもなくて、その謎はこの後書きます。

国立がんセンターの先生は、その後私にゆっくりとこの病気や整形分野の肉腫(ガン)について説明をしてくださいました。
前にもこのブログの中で私の病気と治療方針として書きましたが、整形分野の腫瘍とは手足や骨・筋肉(軟部組織)にできるものを指し、もちろん良性・悪性があります。悪性のものを肉腫と呼びいわゆるガンと同じです。
その整形分野の腫瘍・肉腫そのものの発症率は千人に1人くらいの確立でとても低く、その中でも私の以前の病名「淡明細胞肉腫」は100万人に一人の発症率と聞きました。そして未だ明確な治療方法や抗がん剤は見つかっていません。しかしながら私が今までやってきた治療は何人かの患者さんに医学的に効果があったとされるものでした。(残念ながら私には効果はありませんでしたが)
そしてこの時聞いた「胞巣状軟部肉腫」。これはなんと一千万人に一人の発症率という気が遠くなるくらい低い発症率の肉腫なんだそうです。
一千万人なんて急に言われてもピンとこなかったんですが、ついこの間TVで「現在日本全国にいる結婚適齢期の女性の数は一千万人ちょい」ってやってたんです。結婚適齢期がいったい何歳から何歳の設定なんだかわかりませんが、仮に16~35歳くらいと考えてみると。。。そっかぁ・・・私ホントに珍しい病気になっちゃんたんだ~と改めて痛感しました。
40年以上の歴史のある日本でトップの国立がんセンターでも、この病気の患者さんは今まで10人いたかいないかそして、この肉腫は今までどのお薬を試しても1度も効いたためしがないそうです。。。
つまり、私の担当医も初めから私の病気は胞巣状~であろうとわかっていたけれど、そう診断してしまったら最初から何も治療はせず、静かに余生を過ごしなさいといわざるを得ない状況になってしまうと考え、もう一つ可能性のある淡明~と診断して治療をしてくれたそうなんです。私も今となっては何も挑戦しないで終わるよりはそうして一緒に闘ってくださった事にとても感謝しています。

そして更に国立がんセンターの先生は、効くとされる抗がん剤はまだないけれど、どうしても治療がしたいのであれば、例えば同じ病気の患者さんが誰も試した事がない抗がん剤を使ってみる事や、まだ薬として認可が下りていない治験薬を国立がんセンターに転院して使用してみるという選択肢があることを教えてくれました。
しかしそれには沢山のお金や今まで以上の家族の労力、そして何よりもどんな副作用が出るかわからない危険や、今までの治療で衰えた体への更なる攻撃がついてきます。私は先生に「効果うんぬんの前に、治療途中で衰弱して死んでしまう事もありますよね?」と聞きました。先生はうなずきました。分かりやすい図を書きながら、ガンの治療で1番良い結果は「治って再発もしない事」2番目が「ガンが少しでも縮んで進行を遅らせる事」3番目が「現状維持でそれ以上進行させない事」そして1番怖いのは「無理をして治療した事で死期を早めてしまう事」と説明してくれました。
すると後ろで聞いていた兄が「もし先生のご家族が妹と同じ状況になったとしたら、先生は一個人としてどうされますか?」と聞きました。先生は「もし私の奥さんが同じ状況になったとしたら、これ以上の治療はさせたくありません。」と答えてくださいました。そして私に「最終的に決めるのはあなただけど、どうするか今すぐ決める必要はないから、ゆっくり考えるといいですよ。もし治療を望むのならばいつでも相談に乗りますからね。」とおっしゃいました。

病名が変わっていた事、しかも更に難しい病気であった事。1度は担当医から「あなたはやれる事はすべてやってきた、もう治療は止めましょう。」と言われ、ある程度気持ちに整理はつけたけれど実験的な治療の中にもしかしたら私が助かる何かがあるのかもしれないという可能性とで頭の中がいっぱいでした。
でも、今までやってきた抗がん剤治療がどれだけ辛かったか、心がどれほどに怖くて寂しかったか。。。未だにその恐怖から開放されず、体の衰えも続いている中であまりに低い可能性の治療に挑む勇気は私にはありませんでした。もし、50%の確立で効果があるかも!っていうのならきっと頑張ったでしょう。でも、もう私は自分でも十分にやったと、泣いてばかりだけど治療に後悔はないんだと心に決め「治療はもうしないと思います。」と泣きながら言いました。それはそこにいた家族も来られなかった家族もみんな同じ気持ちだったそうです。それから「今後同じ病気になってしまった人のために、早くこの病気のお薬がみつかるといいですね。」と私が言いました。先生も「そうですね。もしみつかったらすぐに連絡しますからね。」と言ってくださいました。でもお薬の開発がまさか1年やそこらで急に見つかりました~なんてことはあり得ない事だって内心は分かっています。それでもそう言ってくださった先生の心遣いに感謝します。

それから先生が「せっかく来たのだから何でも聞いていいんですよ。」とおっしゃってくださったので、ずっと気になっていた事、この病気になるには何か原因があるのですか?と聞きました。
例えば肺ガンならタバコを吸っていたからとか、胃ガンならピロリ菌を持っていてからとかそういうものではなく、この病気はDNAの中の2つの部分の突然変異によってガン化するものだというところまでは解明されているんだそうです。
私は4~5年くらい前から縄跳びやジョギング、ジム通いなどを続けていて一時期は1日にものすごい量の運動をしていたことがあったので、それが原因かしら。。。なんてたまに思ったりしていたんです。それからうちのママが「私がマコをこういう体に産んでしまったのかもしれない。。。」と言っているのを聞いたことがあったので、そうじゃない事が聞けて良かったです。胸のつかえが取れました(*^_^*)

それから最後にこの病気は普通のガンとは違い非常にゆっくり進行するタイプのものだと教えてくれました。(これはその後兄が本人不在で癌研有明病院にセカンドオピニオンを受けに行ってくれた時も同じように言われたそうです。)ゆっくりってどのくらい?って思うけど、詳しくは分からないけど事実まだこうして元気でいるし、毎月1回の定期健診で胸のレントゲンを毎回撮るんだけど、昨日の結果では4月のものと比べると今までよりも小さなツブツブと見えるガンの影が増えているものの、入院当初からあった影は急激に大きくなるような動きは見せず、自然とほんの少し縮んだようなものと新しく増えたものが入り混じるという担当医曰く「まったくもって奇妙な動き」をしていて予測不可能だそうです。
今のところ極端に空気を吸えてないような事もないし、肺に水が溜まっている様子もないそうで「このぶんなら紅葉も見られそうですね。」とのお墨付きを頂きました。う、うれしぃぃぃ(:_;)
それでもいつかはもっともっと苦しくなる時が来るのでしょうが、今私はこう思います。
この若さでガンに侵され治る事ができず、歩く事もままならないけれど、家族の介助やたくさんの友人からの励まし、そして何よりてっちんの大きな愛に包まれて生活できている私は本当に幸せ。それでも病気を憎むこともまだまだあるけれど、同じガンでもゆっくり進行するガンであったことはもしかしたら神様からの最大のギフトだったのかもしれない。
これからどのくらい生きられるのか?案外たくさん生きちゃったりして??(笑)少し痛む胸や足、咳、疲れやすさ、食欲のなさがたまに不安のるつぼへと私を引っ張って行くけど負けないで頑張らなくちゃ!1日でも長く。

以上がセカンドオピニオンでの結果と、それからしばらく経っての今思う私の気持ちです。 書く書くといいながらだいぶ遅くなってしまった事をお許しください(>_<)
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   ☆★☆お昼を食べたビルでママと。完全なおのぼりさん状態(笑)☆★☆
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☆★☆巨大な国立がんセンター。車イスを押しているのがママ、右を歩いているのが兄です☆★☆
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by amamasa2006 | 2006-08-29 22:26 | 病気と私

大切なお知らせ

みんな、お久しぶりです。今日はみんなに大切なお知らせがあります。病気の事。

実は先々週の月曜日の外来で、今まで使用した抗がん剤での明確な効果は無かったと判断されました。また、この病気に効果がありそうな抗がん剤がもうない、というか今まで使用したものと同じような性質のものしかなく、効果が期待できない薬を闇雲に使って体をどんどん痛めるより、今元気なうちにやりたい事をやって、余生を過ごした方が良いという診断をされました。
Drからそう告げられた時は体が本気で震えました。その前の外来の時からこれに近いようなニュアンスの事は言われていて、次の外来まで1週間よく考えてきてくださいとも言われていました。だから多分こういう風になるだろうと予測はしていたんです。でも予測してたからって覚悟が出来ていたわけじゃないので、そのショックと言ったら書き表せない、伝えきれません。
もちろんまだ完全に諦めるわけには行かないので、セカンドオピニオンを積極的に受けるつもりです。でもそもそもが100万人に一人のガンであることに間違いはないのですから、今まで以上に病気にも向き合わなくてはいけないと思っています。

最初の2・3日はパニックに陥り、泣き叫んで過ごしました。その後は塞ぎこんでは泣く事を繰り返し、親に八つ当たりもしました。次の週はてっちんに「同じ日々を過ごすなら泣いて過ごしたんじゃもったいない!もし俺が病気だったらお前はどう思う?」と聞かれ、「どんな事をしてでも助けたい!でも効かない薬を無理矢理やらせて体力を無くして早く死んじゃったりしたら一生悔いが残る」と答えました。てっちんは「今俺はそれとまったく同じ気持ちだ。だけど諦めたわけじゃない。それに泣くとどんどん体力無くなるし、笑っていた方が体にいいんだって自分で言ってたろう?ずっと俺と一緒にいたいんだろう?今こうして一緒にいるんだから笑ってなさい、俺といる時は笑っていなさい!」と言われました。それが1番のきっかけで、泣くのを止めました(なるべく)。私が泣いていたらダメなんだ。。。と。

Drには「あなたは今、若くしてこうなってしまった事をとても悔やんで怖いと思う、だけど死ぬ時は誰だって怖い、何歳だって同じなんです。あなたはこれから最後の試験を受けるんです。その試験を受ける時に、あぁ良かったなぁ、十分やったなぁと満足できるように、日々これから勉強しなくてはならない、それは本を読むとかそういう勉強ではない、それは自分で探さなくてはいけないよ。ご飯を食べる1つにしても、あと何回食べられるだろう?誰と食べたいのか、と考えながら生きなさい。」と言われました。
Drのこの言葉をいつも考えています。でもまだ上手に色んなこと考えたりできません。些細な事で悲観的にもなるし、元気な人を見て羨ましいとも思ってしまう自分がいます。

つい先日はイトコのJにこの事を告げ、更に1番近くで仲良くしている女友達3人にJからこの事を伝えてもらいました。そして会いに来てくれたのですが、なんだか自分が情けなくて3人の顔をまともに見られませんでした。逃げ出してキッチンで少し泣きました。あんなに毎日同じように遊んで、ダメ出し合って、恋話してこれからも変わらないと思っていたのに、行く道がずいぶん違っちゃったな。。。と。自分で3人に伝えてって言ったくせに、会いに来た時に病気について話が出たらどうしよう、なんて答えよう、答えたくない、話したくない、ふれて欲しくない、同情されたくない。。。って思っていました。Z・ブブ・ミーコごめんね。会いに来てくれてありがとう。

私のこういう気の弱さをこれから日々自問自答して消化して行かなければいけないと思う。てっちんの事、家族のこと、友達の事。
まだ1日を泣かずに過ごすので精一杯だけど、今までに無いくらいの気合と努力を心がけます。
毎回ブログを読んで下さっているみなさん、急な発表で驚かせてごめんね。でもこれからが本当の闘病生活だと思っています。もしみんなさえ良ければ、これからも私の平々凡々な日常生活や、てっちんをどのくらい愛してるかのノロケ話、愚痴、泣き言にお付き合いくださいm(__)mこれからもどうぞよろしく!
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by amamasa2006 | 2006-06-26 14:01 | 病気と私

発熱

さっき長々と今日の日記を書いていたら全部消えるというアクシデントに襲われ、すっかりやる気を無くした私です(ー_ー)

一昨日の日記に「体は元気です」とかいたのですが、昨日の午後1時ごろから妙な寒気に襲われ、37.5~38.8度の熱を出してしまいました。急な入院でショックを受けていたので、またグズグズ、メソメソしてしまいました(/_;)しかも夜Drから、白血球が上がったらそのまま次の化学療法をやる予定と聞かされ、一旦お家に帰れるのではないかと勝手に期待していたのでまたまたショックを受けてしまいました。
ママや伯母さんが「何ヶ月もこうやってやってきたじゃない、またすぐ帰れるよ、しっかりしろ!」と励ましてくれました。でもたった10日でも今の私にとっては寂しくて長くてイヤなんです。回を重ねるごとにイヤになっていく、慣れるなんてことはないのです。それでも治療は続けたい、だからご褒美というか、ココロと体の栄養補給になるべく隙あらば自宅に帰りたい。何にもしないでのんびりして、てっちんの帰りを待って一緒にご飯食べて寝る。今の私にとって1番の贅沢です。
今日はてっちんがお休みなのでお昼前に来てくれました。てっちんの顔を見たらカラッと元気になってご飯もまぁまぁ食べられました!サイコーのお薬です♪

金曜日に採血をして白血球がどこまで上がったか調べるそうです。できれば良いトコまで上がってて、土日に外泊させてもらえたら・・・なんてむしの良いこと考えてるけどあんまり期待してるとダメだったときショックがデカイから程ほどに期待しときます。。。

とにかく日々頑張って治療に専念します。心配してくれたみなさん、どうもありがとう!
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by amamasa2006 | 2006-05-24 13:28 | 病気と私

緊急入院。

今日、一時退院の中間検査として外来に行った。血液検査とレントゲンを撮り待つ事約2時間。白血球の数が520しかないと聞かされた。通常5000~6000、1000を切ったら即入院なので緊急入院となってしまいました(;_;)
白血球減少でも自覚症状はありませんでした。昨日なんかとっても元気で、ごはんもたくさん食べ、お見舞いに来てくれた後輩や中学時代の友達ととっても楽しくすごし、夜もてっちんとごはんを食べ、ダウンタウンのDVDを見てゲラゲラ笑っていたんだよ?まさかまさかそこまで白血球が下がっているとは思わなかった、入院すると思わなかった。

急に入院が決まってショックで、退院してから今まで吐いたりしてなかったのに、病室に入ってすぐ気持ち悪くなって吐いてしまいました。食欲もなくなっちゃたし、精神的に弱いなぁ私。。。
急に入院が決まったので何の用意もしてなかったので、ママが一旦家に帰り用意をして戻ってくるというハードスケジュールをさせてしまいました。ごめんね、ありがとう。

本来なら白血球が下がると非常に感染しやすい体になるので、入院は個室なのですが空いてなかったため大部屋にいます。こないだいた部屋と同じ部屋です。よみがえる嫌な記憶・・・。
マスクを常時着用で、生もの・時間が経った食べ物・生花・お風呂・子供なんかはNG。面会もダメとは言われていませんが、カゼなどがうつるリスクがあるので身の回りのお世話をしてくれる家族以外面会はお断りしています
今日から毎日皮下注射で白血球を上げるお薬を投与します。一応1週間くらいの入院予定です。うまく白血球が上がったら一旦家に帰れるとは思いますがまだわかりません。

今夜はてっちんの大好きな回鍋肉(ホイコーロー)と焼き魚を一緒に食べる予定だったのに・・・。悔しい、悲しい、寂しいよ~(;_;)いっつもこればっかりだけど早く帰りたい~!普通の体に戻りたいよ~(号泣)頑張って寂しさに耐えて、数値を上げてお家に帰れるようにします。
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by amamasa2006 | 2006-05-22 21:36 | 病気と私

お久しぶりです。

ブログの更新が滞ってしまい、心配をかけてごめんなさいm(__)m
5/1に病院に検査に行って来ました。次の入院の日程と、今の状況を調べるための検査です。
前回の時も、この一時退院中の外来の前日は緊張して、何か怖い事を言われるのではないか、と気持ちがとってもナーバスになり、大泣きしてしまいました。今回も同じく、前日はてっちんに「愛してる、どこにもいかないで、どこにも行きたくない」と泣きついてしまい困らせました。

検査の結果は、今まで使った薬でガンが小さくなったような部分と進行して大きくなった部分があると言われました。1勝1敗で、これではこの薬は効果があるとは言えないそうで、今度は違う抗がん剤を使う事になりました。

やっぱり、たとえどんなに難しい病気でも治療を頑張るからにはどこかで「もしかしたらスルスルっと良くなるんじゃないか」という淡い期待を抱きます。でもその反面、そんなに良くはなってないだろうな・・・という予感もあって、最近ではその悪い方の予感が当たることが多くて、やりきれない・・・自分で自分がかわいそうで悔しいです。

あ、そんなわけで次の入院は5/8からになりました。10日くらいの予定です。なるべくお家にいたいから、吐き気なんかに負けないでご飯をいっぱい食べて予定通り退院できるように頑張ります。

毎日泣いています。1人になるのが怖くて、でも友達を呼んでワーっとできるほどの元気もなくて、朝てっちんを見送ったらパパとおしゃべりをし、パパを見送ったらママが起きてくるのを待ち、昼間はママが動いてる音を感じながらマンガを読んだり何か別のことに集中するようにしています。何もしてないと悲しみだけが浮かび上がって来ちゃって、自分も辛いし周りにも心配をかけてしまいます。未来の事を想像して泣く事が出来る動物は人間だけだって聞いた事があります。ホントそうだよね、でも今はあんまりその能力いらないな。てっちんがいて、愛してくれて、ママとパパも傍にいて、友達がいつでも応援してくれる。そして私は生きている。ものすごく恵まれて幸せなだけに酔っていたい。笑っていたい。泣きたくない。

でも決して私は諦めません!治るならもちろん、進行を少しでも遅く出来るのならば今までの薬だって、新しい薬だってどんなことだってやる!てっちんを愛してるから、ずっと一緒にいたいから、理由はそれだけ。それが私の生きる理由です。

自分がこんなに弱虫だとは思わなかったけど、弱いなりにイロイロ考えて整理してやっとブログに向き合うことが出来ました。これからも辛い事・怖い事、もしかしたら良いこともあるかもしれない。出来るだけ伝えて行こうと思ってます。いつも私を想ってくれるみんな、ありがとね。これからもよろしくね。
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by amamasa2006 | 2006-05-04 11:41 | 病気と私

さよなら★プリケツ

兼ねてから私のチャームポイントはプリッとしてパーンとしたお尻でした。小さい頃からママに「あんたは小さいから胸を張ってお尻をキュッとして歩きなさい、そうすると少し大きく見えるから。」と言われ続け、忠実にそれを守った結果、すばらしくパンツの似合うお尻に成長しました。ただ、なぜかアヒルのようにプリプリお尻を振って歩くのが癖みたいで、付き合ったばかりの頃のてっちんや、最近ではお義父さんにまで「わざと振ってるの?」と聞かれるくらいでした。わざとじゃないです!私は真っ直ぐ歩いてるつもりよ!

そんなプリケツにも程がある私のお尻も、太ったり痩せたり、鍛えたり衰えたりでよくサイズが変わりました。
もともと身長が150㎝たらずなのでサイズも90㎝を越えたらデカすぎだろ、というくらいです。少し太ると88㎝くらい、ダイエットを頑張った時は84㎝くらいでした。男の方はピンと来ないかもしれないけど、コレってかなり小さい方なんです。
ところが昨日イオンで試着もせずに買ったスカートが履いてみるとかなりゆるい!ギャルの店で買ったのでそもそものサイズが小さく出来ているはずだし、でも最近痩せたから入るだろうと思ってたのに、入るどころかゆるくて引っ張ったらズリ落ちちゃう!ビックリしてメジャーで測ってみるとなんと!80㎝しかない!ゲ~(ー_ー)!!お尻にあるまじきサイズ!どうりで病院にいた時も寝ても起きても骨盤がグリグリしてお尻が痛かったわけだ。きっと歩かなくなったから筋肉が衰えてクッションが無くなったんだね。病的だ・・・。前は少しでも痩せたら嬉しかったけどこれはさすがにちょっとね・・・(~_~;)てっちんも「アータはちょっとポッチャリしててもプリケツのほうがいい(/_;)」と悲しがっていました。ごめんねてっちん(>_<)

そんなわけで全国のプリケツファンのみなさん、私もうプリケツじゃないんです(悲)もうみんなの知っているアタイじゃないんですぅぅぅ~(@_@。さよなら★プリケツ、また会う日まで!
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★☆★小さくなった私のケツ~ケツバット禁止~★☆★
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by amamasa2006 | 2006-04-27 17:36 | 病気と私

食べられないもの。

最近コメントが少なくなって寂しん坊な私です(;_;)

さて今日は、副作用で食べ物の嗜好が変わってしまったのでそのお話をします。
未だに食べられるものの範囲が狭く、食べられる量も少しです。特に匂いには敏感で、一番ダメな匂いはお醤油+みりん系の甘じょっぱい匂いです。今日夕食に子持ちカレイの煮付けが出たのですが、匂いを嗅いだとたん吐き気が出て今もちょっとキモチ悪いです(ーー;)
それからショウガ・こしょうなど刺激の強いもの。海苔の風味。卵料理。お肉などは食べれません。書いてるだけで気持ち悪い(>_<)魚も塩焼きなら少し食べられますが、基本的にはNGです。うどんのお汁みたいのもダメだな~。野菜料理が一番食べ易い。
飲み物はほとんど水。たまにお茶や甘~いコーヒー牛乳を飲みます。そのほかにもダメなモノはたくさんあるのですが遭遇してみるまで分からない事が多いです。さっぱりしてるモノがいいのかというとそうでもなく、マックのフラポテのような油っこいものでもパクパク食べられます。今夜も食べました。フルーツは全般大丈夫です。

毎日こんな難しい条件のなか工夫して料理を作ってくれるママに感謝です。食べたいものが思いつかず、ケンカをする事も多いです(/_;)でも本当に食べられる範囲が狭くて辛いんです。「何食べたいの?」と聞かれるのが苦痛。プレッシャー。今ちょっと気持ち悪いので特に、食べなくていいなら食べずに過ごしたいという気持ちが強いです。こんな時は食べ物の話はせず、薬を飲んで寝るのが一番。ちょっとドツボにはまった私です。ウエップ。。。
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by amamasa2006 | 2006-04-25 21:56 | 病気と私

点滴抜けました!~愛のパワー炸裂?~。。。おや?

おはようございます。
昨日最終的に右腕に刺した点滴のルートは、とりあえず問題なく使えました。計4本の点滴を落としていると、刺してる所とは別の血管が痛い!そこは1番最初に抗がん剤を流した場所でした。看護師さんに訴えると、ガーゼに蛍光イエローのお薬を染み込ませたものを痛い場所に貼ってくれました。血管痛のお薬だそうです。冷たくて気持ちよく、痛みもあっさり無くなりました。看護師さんに痛くなくなった事を告げると「へ~効くんだぁ」と気の抜けたお返事。「自分で持って来たんじゃんかよっ(゜o゜)」と激しく突っ込みました(笑)

お昼にレンジでチンのリゾットを食べていると、てっちんが来てくれました。1週間ぶりの再会です!長かった~。寂しかった~。やっぱり顔を見るとほっとします(*^。^*)
たくさん甘え、たくさん話し、夜ご飯まで用意してもらい、1週間分の愛を補充しました。おかげで夜もぐっすり眠れました。
しかし・・・!!!
夜中にトイレに立った頃から針を刺してる辺りを触ると痛い!これは・・・また血管が使えなくなってる可能性大です。(夜は点滴は終わって針だけ残ってる状態です。)
そして今朝、今日の分の点滴を落とそうとしても落ちない(+_+)注射器を使って少し流してみるとイダダダダ!!と声が漏れる痛さ。看護師さんが「・・・あぁ、刺しなおしだね~。」と言って抜き始めました。刺しなおし!?また痛い思いすんの!?と泣きそうになっていると、Drが来て「ご飯も食べられてるし、血小板も少し回復したので今日は点滴は無しで様子を見ましょう。」とのお言葉が!!やった~~~!!!!!やっとこの点滴地獄から開放される!さっそくブログに書かなきゃ!とセコセコ書いていると、看護師さんが気まずそうな顔でやってきて・・・「ごめぇん・・・胃薬だけやるって(^_^;)」と点滴セットを持ってきた。胃薬は、吐いたりして胃潰瘍にならないための予防処置で、1時間くらいで終わる小さめの点滴です。なので針はトンボ針を使用するので今までの留置針のような痛みはないのでまぁ良しとするか、と我慢してやりました。看護師さんに点滴が無くなった事をブログに書いてたトコだったのに、と言うと「じゃあこの事書かれちゃう?」と苦笑いしたのでこのように書いている次第でございますm(__)m

そんなわけで、今日はインターフェロンの注射と、夕方胃薬の点滴を1本やることとなりました。はうっ。。。てっちんの愛のパワーで血小板は回復してきたけど、結局注射・点滴とは切っても切れない仲なんだなぁこの病気は(@_@;)
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by amamasa2006 | 2006-04-17 12:01 | 病気と私

天敵は点滴。

一昨日ブログがUPされたのをきっかけに、管理人ZとJ太郎&S君がお見舞いに来てくれた。
Zが食べられない私を心配して、私の大好物ばかりを買ってきてくれた。坂角総本舖の「ゆかり」・Walkersのショートブレッド・リンツのチョコレート・POULのパン&サンドイッチそして生のマンゴー・ブルーベリー・ラズベリー。さっそく私は坂角の海老センベーを2枚食べ、マンゴーやブルーベリーをパクパク食べました。みんなが帰る頃にはお腹もかなり膨れ「ちょっと食べ過ぎたか!?」と思ってました。
そしてみんなが帰ってから1時間後くらいでしょうか、気持ち悪くなって全部戻してしまいました(@_@。ごめん!Z!ブルーベリーやラズベリーのせいでビックリするくらい真っ赤なソレ。昔明石家さんまが「真っ赤なウソ」という歌を出したが、私は「真っ赤なゲロ」を出しましたとさ・・・。
そんで吐きながら、「こんなに赤いゲロの時にもし血液混じってたりしてもわかんないじゃんね~、調べたりするのかなぁ?いちいちしないか。」なんてことをウッスラ考えていました。
するとそれから1時間後くらいに看護師さんがやってきて「吐いたものに血液が混じってたから、今から胃の薬と水分を点滴するね。」と言いました。っええ~!?調べたんだ~!ていうかしかも血混じってた?うっそ~!?と半信半疑のまま、点滴の針を刺すためにやってくるDrをまた1時間待ちました。

前回お伝えした通り、近々血小板輸血をする可能性があるので、今回点滴の針をそれにも対応できる1番太いものにするようで・・・。それが痛いのなんのって!!!
1回目失敗、2回目は入ったけど1晩で漏れちゃって使えなくなりました。仕方なく次は左手の甲に刺したんだけど・・・これがハンパなく痛い!ズキズキ、チクチク、イライラし、もうそこが気になって気になって、痛くて、それだけでまた食欲減退してしまいました。それを訴えてもDrも看護師さんも「ご飯食べれたら点滴やらないで済むかも、だから頑張って!」みたいな感じで・・・。おいおい、だからここに点滴やってたら食いたいもんもくえねーっつの!と怒りがこみ上げて、遂には泣き出しました。また違う看護師さんを呼んで「もうやだ!もうやだ!お願いします!ちゃんと食べるから、点滴止めてください~泣」と訴えました。するとDrにも涙の訴えが届いたようで、「違う場所に刺す」という方向でこのストレスからは解放されました。

そんなわけで一昨日から4回もごんぶとな針を刺され、しかもだいだい刺した後もずっと痛い、という悲しい状況が続いております。今は点滴はしていませんが、針は入ったままです。今日も多分水分の点滴2本くらいやると思うし、月曜に血液検査して数値が下がっていたらいよいよ血小板輸血でごわす。
あ~!!!もう点滴大っっっ嫌い!!!!!
1日でいいからお家に帰りたいよぅ~~~(;_;)
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てっちんと私の結婚指輪(*^_^*)この指輪の5㎝下にごんぶと針を刺された(怒)
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by amamasa2006 | 2006-04-16 08:54 | 病気と私

迷い道

今私の体に2回目の抗がん剤が点滴で入って来ています。1回目と同じ薬です。抗がん剤を落とす前後にブドウ糖や吐き気止め、安定剤、カフェインなども落とすので合計8本の連続投与となります。明日の日中いっぱいはかかるかな?
私は血管に元気がなく見付けづらいみたいで、点滴のルートを取るのがDrでも難しいようです。前回は3度目にようやく成功しました。痛かったです。しかも右手の親指側の手首の辺りで取れたので、文字を書くのもお箸を持つのも出来なくて、それだけでイライラしました。
今回は左手で2度目に取れました。でも手首の柔らかい方、血管が透けてる側なので動かすことが出来ず、手を仰向けにしたまま添え木のようなものをして、包帯で固定しています。もうすでに手はムクんでパンパン、全体的にダルく、肩はこっています。

今回は入院して早々色んなことがあったし、自宅に帰ったことで逆に辛かったり頑張りすぎて疲れたりもした。昨日今日はそんな色んな感情が爆発して大泣きして、両親や伯母、お義父さんやお義母さんを困らせてしまった。たくさん励ましてくれて、手を握ってくれてありがとう。
消灯後も涙が止まらなくてロビーでてっちんにメールしながら泣いた。
私の担当チームのリーダーの看護師さんや主任さんが私の泣き言を黙って聞いてくれた。4月なのでチーム編成があったらしく、前回私の担当チームにいた看護師さんの中には別のチームになってしまった方もいた。でも別チームなのに私を心配して「大丈夫?泣いて良いんだよ。」と励ましてくれた。ここの看護師さんたちは本当に温かい。なかなか本音を見せられなかった私も今回ばかりはあふれ出す気持ちを抑えきれず、散々話した。「初めて本音を言ってくれた、今まで頑張りすぎたね。」「弱音をさらけ出せるのも強さだと思うよ。」と言ってくれた看護師さんもいた。だからもう、「大丈夫、大丈夫。」と口癖のように言うのはやめます。ダメな時はダメ。泣きたい時は泣く。でも治療は前向きに。先のことを考えすぎたり、周りに申し訳ないだとかばかり考えるのはやめる。やめるって言ってもなかなか難しいけどね。

パッと見元気に見えるけど、やっぱり私は重病人で、今まで簡単に出来ていたことが困難な事も10日間自宅にいてよく分かった。割と器用に何でもパッパッと出来るほうだったけど足が痛いだけでそうも出来なくなっちゃったし、常に不安なキモチを背負っている。無理しないで人にお願いする事も覚えなくちゃいけないんだ。たぶん周りは私の変化にすぐ慣れてくれるけど(慣れられちゃうのも怖いんだけどね。)私が一番自分の変化に馴染めていなかったんだね。今までの私とはやっぱり違う。だってしょうがないよ、病気だもん。わかってる、わかってますよ。でも頭で分かっても、なかなか整理出来なくてこうやってグルグルしちゃう。今までサイコーの人生、自分で言うのも何だけど、歌・創作力・料理となんて才能に恵まれたんだろうと我ながら関心してしまいます(おいおい。)後悔は3つ、でも何ひとつ私の今までの人生に無駄なものは無かった。楽しかった事も、悲しかった事も、間違った事をした事も全部今の私を築きあげた大事な要素だ。遠回りや選択ミスもしたけど、そうしてたどり着いたところにてっちんがいた。だから歩んできた道に後悔はない。最高の旦那様!あふれる愛をいつもありがとう!もったいないくらい幸せです。

そんな私の人生に初めて無駄なもの、必要ないものができた。病気だ。後ろ向きな事は言いたくないけど、何で?どうして私なの?どうして私とてっちんをそっとしといてくれないの?頭の中で何百回も繰り返してしまう。
でももうなってしまった以上戦うしかない、お義父さんが手を握りながら「もう前に進むしかないんだ。」と力強く言ってくれました。ホントにそうだよね。どうして?どうして?って言ったって誰も答えてはくれない、ただ現実を認めて進むしかないんだ。頑張ります!本当に頑張ります!

今日はなんだか書きたいことがたくさんあってカテゴリが定まってないよね(^_^.)でもとにかくこれが今のキモチ。ブログに書けない事もあるし、まだまだ迷路の途中だけどどうか皆さん応援してくださいm(__)m1日何人読んでくれたかな?コメントは何か書いてあるかな?って楽しみなんです。基本寂しがりやですから(>_<)まとまったかどうかわかんないけど、これからもどうぞよろしく。f0068026_23345227.jpg


今日の写真は日記と関係ないけど一時退院の時パパと一緒に植えた庭のお花です。ミモザ・デイジー・花かんざし・マーガレット・ラナンキュラス。。。次に帰った時少しは大きくなってるかな(^^?
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by amamasa2006 | 2006-04-04 23:47 | 病気と私


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