マコの闘病日記


闘病生活をつづった日記
by amamasa2006
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カテゴリ:病気と私( 25 )

ケジメ、つけてきます。

みなさんこんにちは。またまたお久しぶりの更新になってしまいました。あんまり間を空けて更新すると具合が悪いのかと心配させてしまったり、むしろ忘れられてしまうのではないかと不安がつのります。

さて、最近のわたしですが、前にも何度か「トイレに行くのがとっても大変だ」と書きましたね。
それはそれは1回1回が大変で、歩いて行って帰ってきたなら足腰ハフラフラ・息は絶え絶えでその後復活するのに30分はかかってしまいます。なのでもう無理はよそうと家の中で使う小さめの車椅子と簡易トイレを買いました。
簡易トイレはママしかいないときしか使いません。後は小さい車椅子で歩いたって10歩ほどしか離れていないトイレに連れて行ってもらいます。トイレの前から1歩踏み込んで用をたしてまた1歩出る、までは自力でやります。お風呂に行く時も同じようにしてもらっています。おかげで歩いて行っていた頃に比べて雲泥の差でらくになりました。(それでも行ったりきたりでハァハァはしますが)でもこうした生活をしていると、どんどん歩けなくなるもんで、今多分ほとんど歩けなくなっちゃったんじゃないかな?でも仕方ないです。無理はできませんから。。。
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                   これが室内用の小さい車椅子です。

それからもう一つ、大事なお知らせ。前にお伝えした左手の薬指はの転移が先生からはっきりと転移だと診断され、来週の火曜日に第一関節から切断することになりました。
最初にこのことを書いたときよりもまた更に腫瘍は大きくなり続け、いまこうしてPCを打つのにも支障があるくらい不便です。文字通り「腫れ物」が指先にあるわけで、なるべくそこに物が当たったりしないように注意しているんだけど左手って案外使うのね、しょっちゅうぶつけたり圧迫しちゃったりで痛い思いしています。
手術は日帰りの局部麻酔で。局部麻酔には足を切開した時の痛い・怖い経験があるから今からいろんなこと想像しちゃって頭ン中パニックです(@Д@;
色んなこと考えて、指先がなくなったら何が不自由かな~、と考えました。とりあえずPCが打ちにくくなる事と、あとギターが弾けなくなること!左手の薬指なんて超~大事じゃん!っててっちんに言ったら「あんまり弾かないからいーじゃん。」とあっさり言われました。まぁね、今はね。

そんなこんなで来週はアッシ、指をつめてきます。なのでしばらくはピーコラしてますし、ブログも少し休憩します。また指が使えるようになったら手術の時の様子なんかを書きたいと思っています。私があまり痛い思いをしないよう願っていてください。それでは頑張ってきます!
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by amamasa2006 | 2008-03-23 11:14 | 病気と私

酸素がみなぎるフルパワー。

前回お伝えしたように、私の体は医者がビックリするほど酸素が足りていませんでした。
早急に酸素を自宅でいつでも吸えるよう、機械の手配をしていたわけですが、前回のブログを書いたその日の夕方に病院から以来を受けた業者さんがやってきて、室内で24時間酸素を吸える機械と、外出時に携帯できるボンベを数本、それから移動時に車内のシガーソケットから電源を取れるタイプの酸素吸入の機械の3点を持ってきてくれました。
ここの業者さんは全国展開しているらしく、たとえば私がどこかへ旅行に行くとしたら、事前に申し出れば旅先の旅館の室内に、家で使っているのと同じ機械を持ってきてくれるらしい。とっても親切だよね。
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室内24時間稼動の酸素吸入器。わりとコンパクトなタイプ。
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携帯用の酸素ボンベ。通常2時間、吸った時にだけ酸素が出る機械を着けると5~6時間持ちます。
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車内で使うタイプ。こちらも吸った時だけ酸素が「シュッ」と出てきます。

さっそく24時間タイプの機械を繋いでもらい、お医者さんから指定された毎分3リットルという酸素量をセットし、長ーく繋がれたカテーテルから私の鼻へスーハースーハーと酸素を送り込んでもらいました。業者さんやママと話をしながら酸素を吸っていると、4~5分経った頃から、今までドクドクドクとうるさいくらい自分の耳に響いていた心拍音があまり聞こえなくなりました。それに伴ってなんとなく今までより体が楽な感じ。今までの体調がレベル10位の悪さだとしたら今はレベル7くらいかな?もうちょっと良いかな~?楽は楽だけど、歯を磨いたりトイレに立ったりと動けばやっぱりハァハァはします。孫悟空が『せんず』を食べた時のようにあっさり体が復活するわけじゃありません。だけど何日か酸素を吸ってみて思うのは、酸素を吸う前の体はホンっとうにしんどかったんだなぁって事です。今と比べると相当苦しかったって思う。よく我慢してたなぁ、私。

日中は鼻からのカテーテルで酸素を吸いますが、夜寝る時は私、口をあけて寝るのでマスクの方が良いだろうと思い、寝る時だけカテーテルをマスクに付け替えました。。。が、マスクだとあんまり酸素を吸っている感じが掴めず、なんとなく息苦しいような感覚に襲われたのでやっぱり寝る時も鼻からのカテーテルにすることにしました。
今までは睡眠導入剤を使っても、夢ばっかり見て何度も何度も起きて眠りに浅い日々が続きましたが、酸素を吸い始めてからは何度か起きてしまうのは同じですが、そのつど深く眠る事が出来ているような気がします。

ただ、鼻のカテーテルから常に酸素がシューシュー出ているため、鼻の中が乾燥するみたいで、トイレに立った時ちょっとモタついていたら立っているのが辛くなり、床に手を着いてハァハァしながら咳き込んだら鼻の中が切れて大量の鼻血を出しました。しかもその夜は久々に肺からも喀血。その騒ぎの中今度は反対の鼻の穴からも鼻血が。。。酸素が足りるようになって血液がサラサラになったからかしら?こんなにいきなり出血するなんて(´;ω;`)ウッ

酸素を吸入し始めて多少楽になった私の体、でもこれからは日々このカテーテルに繋がれたまんま。。。外出しようにも酸素ボンベと共に歩かなくてはいけません。カテーテルに繋がれた自分が今までよりずっと病人っぽく見えて不安になり、情けない事に業者さんの前で泣いてしまいました。「そんなことないですよ」と業者さんは優しく言ってくれたけど、もう本当に酸素なしでは生きてゆけないしどこへも行けないですよ。
何日か家でゆっくりしたら外出をしてみて車内用の機械や携帯用のボンベの使い勝手も試してみようと思います。車椅子にど~やって着けようかなぁ?
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           こんなふうに鼻から酸素を吸います。
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by amamasa2006 | 2007-10-29 17:21 | 病気と私

酸素ボンベ導入にあたって。

ブログの更新が無い中、相変わらず食欲もなく体重は41.5kgをキープしております。
布団の上でジ~っと横になっていればまぁまぁ楽な体も、いざその身を起こしてみると爆発的に咳が出、ひどいときにはそれがきっかけで吐いたりもします。
それでも動かないとますます動けなくなっちゃう、とてっちんがお休みの日の半分は外にランチをしに行ったりしていました。でも前は車椅子で入れないお店でも車から席までだったら・・・と杖を突いて頑張って歩いていけたのも今やもう無理。歩くと・・・というか出かける前に着替えている段階でものすごくハァハァ・ゼィゼィで息苦しい。部屋から玄関へ出て行くのも1回じゃたどり着かない時もあります。今や食事に行くのもちゃんとスロープがあって車椅子対応のお店じゃないといけなくなりました。

こんなに苦しいのに、慣れ、というか安静にしている時間が長いせいか、酸素を体内にどのくらい取り込めているかあまり気にして無かった。というか計る機会が無かったんですよ。担当医のいる病院ではこちらが申し出ても計ってくれなかったし、他にお世話になっている内科にも基本的に私は行かないで家族が様子を伝えて薬をもらうといシステムをずっと続けていた。たしか今年の春くらいにその内科に行ったときに計ったら(計り方は指を包むように挟むクリップでおもにひとさし指なんかを挟むだけ。そうするとデジタル表示で血中酸素の%を教えてくれる。)健康な人とさほど変わらない94%SpO2位だったの。(健康な人の標準が95~100%SpO2)だから苦しいけど意外と数値はさほどでもないんじゃ・・・。なんて思っていたんだな。

そいでついこないだ約3ヶ月ぶりに担当医のいる土浦の病院にい行って、胸のレントゲンを撮ったの。さすがに3ヶ月も経ってたから目に見えて少し進行してて、そのうち、もっと苦しくなってきたら自宅に酸素ボンベを置いてそれを吸いながら生活するって話をされました。私自身この体に慣れちゃってたから「あ~もうすこし先の話か~」なんてのんきに聞いていた。でも毎日の生活パターンを見ているうちのママは「今すぐにでも酸素は必要だな」と思ったらしく、担当医のいる病院では遠いし何か不具合があった時に不便だということで、私が小さい頃からお世話になっている地元の外科に相談してみたそうな。すると、その指で計れるタイプの酸素濃度計を24時間装着してデーターを取るだけで酸素ボンベを貸してくれる(担当医の病院では、太ももの動脈に太い針をさして血中酸素を計るとういう非常に痛い検査をしないと酸素を貸してくれないらしい。)らしいので、さっそくお願いした。

一昨日の夕方、その機械の貸し出しやデーターを収集する外科との中間役のような業者さんが指にはめる機械を自宅まで持ってきてくれた。時刻は5時、今から24時間というか電池が切れるまでピピピーと装着。心拍数と血中酸素の値が表示される。心拍数119血中酸素73%SpO2エエェ~!?73%ってアータ、私これしか酸素吸えてなかったの???と急に不安になる。たしかに爪の色は紫で悪かったけど。。。もっとやんわりした数値を考えていたからショックだった。
どんなに安静にして横になってもMAXは78%くらいで心拍数もなかなか100を切らない。そこの外科の先生曰く、酸素が足りないと心拍数が上がって、さきに心臓がダメになっちゃう。とのこと。そうか~最近鼓動がやけに早いと思っていたけどこういう事か~と実感。
しかもちょっと起き上がったりすると酸素の量がグッと減り、60代に突入。ハァハァハァ。トイレに行こうもんならグググ~っとさがって最低で53%まで下がった。こんな状態が続いたら死ぬわな、そりゃ。

病気に関するいろんな自覚症状が少ないタイプの私だけど、今回これでちゃんと自覚しました。あぁ、このくらいは「苦しい」っていう範囲なんだって。アーンド数値に弱い私としては早いトコ酸素ボンベを備え付けてもらって身も心も楽になりたいです。

そうそう、ここ3ヶ月くらいは誰にも会いたいと思えなくてみんなにも家に来てもらうことを拒否していた私ですが、きっと酸素ボンベが来たら今より体が楽になるような気がするので、また家にも会いに来てください。ただ、前よりは元気にゲラゲラしゃべったりは出来ないと思うので「遊びに来る」というよりは「お見舞いに来る」という感じでお願いしますm(__)m待ってます☆
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   これがその機械。24時間以上付けてたら指が蒸れて臭くなった(笑)
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by amamasa2006 | 2007-10-26 07:35 | 病気と私

足イタイ再発~とりあえず、ご報告まで~

8月の1日辺りから、また足の腫瘍が動き出したか痛み出し、大丈夫大丈夫、と痛み止めを飲んだりしながら水戸の花火やお祭りに連れ出してもらったら傷みが悪化。しかも風邪までひいて38.2℃の高熱が。朦朧とする中、ものすごい痛みで歩いても激痛が走り、食事も布団の上で摂り、病院にも行く事ができないくらいの重症。電話で状況を担当医に説明し、薬を家族が取りに行ってくれた。
新しい薬は各種ガン痛を和らげるとっても強い薬。それでも7割ほどしか取れない痛みと毎日格闘し、昨日辺りから腫瘍の動きも弱まってきたようでだいぶ楽になってきました。ただ、それまでの約10日間の痛みから解放されたの?というホッと感と強い薬を服用しているためにおこるボ~っと感がすごくて、まだちゃんとブログを書いたり、友達からのメールに返事を書いたりができません。心配してくれているのにごめんなさい。もう少し休ませて。。。すごく、疲れたから。。。
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by amamasa2006 | 2007-08-11 15:41 | 病気と私

ごはん食べられない病、再発

2週間前辺りからでしょうか(記憶もさだかではない)また「ごはん食べられない病」が周期的にやってきました。
それまでも何度となく私を襲ったこの精神的な病、「食べられる」時期でさえ普通の人から比べたらひとっつも食べてるうちに入らないような状態だったけど、食べ物への嫌悪感は少なかった。ところが今回はいつもながらの「何食べる?」の問いかけが嫌で嫌で食べ物の事を考えたくないのプラス食べ物を口に入れるとその食感や歯に当たる噛みごたえ、味が全てにおいて「気持ち悪い」。ファーストインプレッションは「おいしい、食べられるかも」と思えても、次の瞬間「気持ち悪い」に変わってしまい急に飲み込めなくなり食べるのをやめてしまいます。甘いお菓子やフルーツにはそういう嫌悪感を感じないのに「ごはん」と称されるモノほとんどに感じるこの嫌悪感。。。一体どうしたらいいの?
今日のお昼ご飯は焼きうどんだったんだけど、自分からそれなら食べられそうと言ったくせにもうニオイから嫌。それでもカロリーを摂らないと、とうどんを1本ずつ口に運び1時間半かけて1/2を食べました。作ってもらって大変申し訳ないけど「美味しい」とは思えない。脳ミソがそう感じない。そんな日々が続き最近は体への栄養が足りないせいか起きるのもおっくうで1日中布団の中にいます。1日に数回は開いていたPCも今は見る気が全然しなくて1日以上開かない事もざら。ブログの返事も書いていないし更新もしていない、読んでくれているみんながきっと心配しているだろうな、と思って今の状況をこうして書きました。

昨日はてっちんが休みで、夜ごはんを外食なら気分も変わって食べられるかな?と2人で焼肉屋さんに行きました。お肉は上カルビと上ロースとタン塩を頼みそれぞれスープとごはんも頼みました。香ばしく焼けたお肉をサンチュに包み1口食べると。。。「美味しい!」久々に感じたこの感覚、涙が出るほど嬉しかった!てっちんも私が食べられた事にとても喜んでくれて「いっぱい食べなさい!」と私にばかり良いお肉を焼いてくれた。。。本当は途中何度も「気持ち悪い」と思いかけたんだけど、頑張って頑張ってそう思わないように無我夢中で食べました。ご飯も1/4くらい食べました。久しぶりのタンパク質、私の体にしみ込みますように。。。

その他にもう一つ、実は4月ごろから不眠解消のために睡眠導入剤の弱いのを服用していて、おかげで「夜眠れない~」と悩む事が無くなった!と大喜びしていたんですが、薬を飲む飲まないに関わらず、寝に入ると私、この病気の肺のせいでヴーヴー!!とうなるんですって。自分では気付かないんだけど、横にいるてっちんはさぁ大変。耳栓を使ったり我慢したりしてくれているけど、そのおかげで2時間しか眠れなかった、なんてことも。。。私自身もこの眠っている間のうなりに体が疲れてしまっているようで、いくら寝ても寝た気がしないんです。辛い。。。

この「ごはん食べられない病」と「うなりによる寝不足」で最近の私はボロボロ。。。こないだまで遊びに来た友人に「ちょっと太ったね」とか「血色が良くなったね」とか言われていたのに、またゲッソリに逆戻りりちゃいそうです。でも、そうならないように、なんとか食べ物を口に運べるようにとにかく頑張ります。とりあえずは今晩の夕食をやっつけないと。。。
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by amamasa2006 | 2007-07-22 19:25 | 病気と私

抗がん剤の爪あと

6月11日の月曜日病院の定期健診に行ってきました。
病院には薬を出してもらう関係で、今は2~3週間おきに行っています。そのうち1ヶ月に1度胸のレントゲン写真を撮り、数ヶ月前のものと比較したりします。今回はレントゲンは無し。診察券を出してから約3時間ほど名前が呼ばれるまで待合室の端っこでママとお義母さんとおしゃべりをしながら待ちます。やっと呼ばれると今度は「中待合室」と呼ばれる待合室に入りそこでまた30分ほど待たされ、名前を呼ばれるとやっとこさ担当医のいる診察室へ入れます。

診察室では車椅子に乗ったまま、前回来た時から何か変わった事は無かったか・喀血はあったか・咳の具合はどうかなどを私からづらづらと話し、たまに担当医が右足の腫瘍を服の上から触診します。その他は薬を処方してもらい次回の日程を決め予約し、5分ほどで診察はおしまい。あっという間です。
でも今回はハッ!と思い出し、ずっと担当医に報告しようと思っていた事を伝えました。足の爪が伸びないのです。
1年前、抗がん剤を投与されている時からこの現象は出ていました。な~んか足の爪切る機会が少ないな~なんて思っていて、しかも爪の付け根の辺りが痛い。入院中何度か看護師さんや先生に相談したけどそのままスルーされたのを覚えています。で、1年経ってどうなったかというと、下の写真で見てもらうと分るように伸びたのは1年でたったの7mm。爪の半分は死に、少し成長しては止まり、またジワジワ伸びる。それを繰り返す事で爪には貝のような成長の線が付き表面はデコボコしています。
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                  1年でたったのこれだけしか伸びません。

去年の夏ごろまた爪の付け根が痛くなって押してみたら膿が出てきたので、かかりつけの外科へ診てもらいに行きました。するとそれは、爪が伸びない事でゴミやバイキンが排出されなくて炎症を起こしてるんだろうと言われました。それからは気をつけて清潔にしているのですが、今でも時々炎症を起こして膿が出てしまいます。
担当医にそのことを伝えると、それは立派な抗がん剤の副作用です、と言われ「後学のために。」と写真を撮られました。私には普通の人に使う5~6倍もの量の抗がん剤を投与したらしく、それだけやればこんな風に立派に出てくるよねとも言っていました。やはり抗がん剤というものは、効かなければただの毒でしかないということなんでしょうね。
担当医は、以前は「桜が見れるかな?この次は新緑かな?」と四季になぞらえて私がそこまで元気でいるかな?みたいなことを言ってくれましたが、最近は本当にこの病気は普通のガンとは違い進行がゆっくりで、色々不具合はあるけど私が元気なもんで「次は目指せ33歳だね。」とちょっと長めのスパンで言ってくれます。でもその後に「でもこの世界は最終的には今生きていますか死んでいますなんだよね。」とブラックジョークもかましてくれます。死ぬもんか!

話が反れましたが、その他にも副作用らしきものはいろいろあって、もちろん頭から指の先までありとあらゆる毛は1度全部抜けたし、左腕の腕に見える血管は薬で焼けて黒ずんで見えます。(だいぶ薄くなったけど。)耳も遠くなって、一生懸命話ていると時々キーンとなって聞こえづらくなってしまいます。
それから1番の悩みは食べる事。食べ物の事を考えると気が滅入ってしまい、眉間にシワがよってしまいます。なじみのある食べ物はまぁまぁ口に出来るけど、新しい味のものは怖くて口に入れられません。今一番ダメなのはおしょうゆとみりんの味。煮物やうどん・そばのつゆは思うだけで寒気がします。何かを食べたいという欲求はほとんどなく、家でご飯を作ってもらう時は出されて初めて食べられるかどうか分るような状態で、毎回仕方なく食べれるものを口に運んでいるという始末です。外に食べに行くと少し食欲が増します。雰囲気の問題なのかな?だから前回ブログに書いたようにラーメンを美味しく1杯食べれるという事は私にとってとっても凄い事なのです。
このことは担当医のいる総合病院ではなく、家の近くのかかりつけの内科に相談していて胃酸を抑える薬・胃の粘膜を保護する薬・食欲が増す薬などを処方してもらっています。これがかなりの効果を発揮して今現在普通の人の1/4くらいのモチベーションで食べ物に向き合う事ができています。一時期ガクッと落ちてしまった体重も最近は少し増えたような気もします。

他にブログにはちょっと書きづらいようなことも副作用としてあったりして、退院して1年経った今でも咳や足の不自由さ以外にも闘うことはたっくさんあるんです。それらと共にうまく付き合い、出来れば病巣以外は普通の人と同じになりたいと毎日頑張っている私なのです。これからも毎日(特にご飯のこと)頑張るぞ~!目指せ!33歳!!!
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by amamasa2006 | 2007-06-13 16:12 | 病気と私

足が痛い足が痛い足が痛い!!!

今週の月曜日、病院から帰ってきたら病巣のある右足がなんとなくシブシブ痛い。
長い時間車椅子に座った状態(足を90度下に投げ出しているとすぐ辛くなるのです)でいたからいつものように浮腫んだように疲れてしまったのか?まぁ、一晩眠れば治るでしょう、と思っていたら今回はそんなに簡単に治らなかった。。。

1日経っても2日経っても、治るどころかどんどん痛みが増してくるような感じ。
最初は腫瘍自体がズーン、ズーンとし、膝が圧迫されるような痛み+おしりの方から太ももにかけての筋がこってしまいどうにもならないもどかしさ。歩くと膝の後ろの間接がミシミシいって痛い!トイレに行くのがやっとです(´;ω;`)ウッ
ママに足裏やお尻をマッサージしてもらったり、お風呂で足を温めると少し気がまぎれて痛みの事を忘れられたけど、また一人で寝ているとヒシヒシと痛みが襲ってきます。痛くて何度も目が覚めてしまう。。。しかも咳をすると腫瘍が圧迫されてこれまた痛い!あまりの痛さに昨日はてっちんに「早く帰ってきて」と泣きながら言いました。そういえば、と思い出し、入院中に足を切開したときにもらった粉の痛み止めを飲む事に。飲んだ後は圧迫されたような痛みはスッとなくなりましたが、間接のミシミシとした痛みは取れません。歩くのがとっても困難です。

以前にも歩きすぎたり座りすぎたりして痛くなったことはあったけど、こんなに何日も続く事はなかった。。。週末に美容室で長時間座っていたのと病院で座っていたのが効いたのか?体を冷やしたのがいけなかったのか?腫瘍がまた大きくなろうと動いているのか?何でもいいからとにかく早く治ってくれ!痛いよ~、痛いよ~!
来週の旅行の日までには良くなってくれないと、旅行はキャンセルするとてっちんに言われました。。。いやだ~!旅行行きたいよ~!

4日経った今日はお尻のこりは大体取れて膝の表の痛みもなくなったけど、膝の裏の関節とふくらはぎの辺りが突っ張るように痛いです。歩くのが困難です。イライラします。担当医に電話しようかな、でも治療できるわけじゃないしな。また病院に行って待たされて悪化しても嫌だしな。。。と消極的な私です。
今からまた痛み止めを飲んでみます。あとは布団に包まって寝る。今はこれしかできません。
早く痛くなくなることをただただ祈って。。。
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by amamasa2006 | 2007-05-18 12:22 | 病気と私

また・・・。

昨日の夜、また吐血しました・・・。急にむせたので吐き出すと血液で・・・。量は最初に吐血した時と同じくらい(大さじ2~3杯位?)で時間的にはすぐ止まったし、薬も飲んだので・・・だいじょうぶ。・・・うん。だいじょうぶ・・・と心に言い聞かせています。

ちょうどてっちんが帰ってきてJ太郎もいてくれた時だったので良かった・・・。誰もいない時だったらもっとパニックになってたかも・・・。
こうなると、一気に現実に引き戻されてしまいます。やっぱり私の体の中は、病気でいっぱいなんだ・・・って。

今日はてっちんはお休みです。今ちょっとでかけてるけど、帰ってきたら一緒にゴロゴロして安静にしています。明後日は私の誕生日・・・早く、早く32歳になりたいです。
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by amamasa2006 | 2007-02-12 11:47 | 病気と私

ご飯、ご飯、ゴハン。

こんにちは(*^_^*)
もう12日?!早いなぁ~。三が日から七草、成人式、鏡開きと1月のイベントも全部終わりました。成人式以外は全部楽しみました♪七草粥、おしるこ、美味しかった~(^.^)
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           お正月なので羽織袴を着せてみました。モップです。

それもこれも、最近ご飯が美味しく食べられるようになったのです。
去年末までは本当に食べ物を見るのがイヤで、ご飯の時間が苦痛で仕方なかったんです。気持ちにそぐわない匂いを嗅ぐとオエェェッ。夜は少し食べても消化不良で気持ちが悪くなってしまい、我慢して我慢して明け方に吐いてしまう。病院などで出かけると決まって行きも帰りもゲーゲー吐いてしまう・・・。吐くと疲れるし、食べ物への嫌悪感が増えるばかりで益々食べれなくなるし、体は痩せてしまい体力もなくてフラフラの気力なし、という感じの毎日だったのです。

もうこれは治らないのかと思っていたら、先生から「咳止めの麻薬のような効果のもののせいで胃腸の動きが弱まっているのでは」と言われ、消化剤や胃酸を抑える薬を勧められました。
それを年末から飲み始めたら、吐くことが無くなり、ご飯も徐々にですが前より入っていくようになり、美味しいと思えるようになり、食べ物への嫌悪感が薄れてゆきました。
おかげで11月・12月よりは体力がつき、また少しずつ自分のやりたいことをできる様になりました。一昨日はてっちんとイオンのパスタ屋で食事もできました。以前は前を通るだけでその匂いにオエッっとなっていたのに・・・何ヶ月ぶりの外食だろう?

あ~!すっごい嬉しい!だって「ご飯と私」ってタイトルで本1冊書けるくらい食べられないことで悩んでたんだもん!
だからって縮んだ胃袋が元に戻ったわけではないから、まだ1人前の1/2位しか食べられないし、すごく咳き込むとたまに吐いちゃうけど、意識もハッキリしてるし血色も良いって言われたし前より全然動ける~!!ご飯を食べれるって本当に素晴らしいことなんだって体全部で感じました。よし、今年の目標はズバリ「太る」だ!!がんばるぞ~!
2月になったら結婚1周年というビッグイベントが待ってるんです!その時まで今の調子を保って、てっちんと美味しいご飯一緒に食べたいなぁ(#^.^#)
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          頭にビールを乗せられても微動だにしないウルフ君。
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by amamasa2006 | 2007-01-12 15:39 | 病気と私

初めての吐血

こんにちは。またまたまたブログの更新が滞ってしまい、ご心配をおかけしました。ごめんなさいm(__)m

実は今月の初めに吐血してしまいました。
毎朝てっちんを玄関まで送るのが日課で、その日も普通に玄関まで見送りに出た後布団に戻って寝なおしました。テレビを見ながら1時間くらいウトウトしていると、いつものように咳がこみ上げてきて、いつものようにのどの奥につばと痰の中間のような粘着質なものがたまった感があったのでティッシュにペッと吐き出しました。するとこれがすべて真っ赤な鮮血だったのです。
確かめるように何度もティッシュにつばを吐き出しても真っ赤なまんま・・・。「あ、来たな」と頭の中がものすごい緊張感でいっぱいになりました。

家の構造がちょっと変わっていて、今私とてっちんが住んでいる部屋は後から建て増したので家の一番奥にあります。少し叫んだところで両親が寝ている部屋には声は届かないので携帯で電話しました。しかし、電源が切れてたり、朝早いので音に気づいてもらえず最初はすぐ連絡がつきませんでした。そして一生懸命考えて、てっちんに電話しました。ちょうどお店に着いて鍵を開けようとしたところだったそうですが、すぐに帰ってきてくれました。戻ってきたてっちんの顔をみたとたん、それまで出てなかった涙がダァーっと出てきました。初めてガンという告知を受けたときも同じ、てっちんの顔を見るまでは涙が出なかった。。。
その間に両親も起きて来てくれ、まず病院に電話をし、担当医に状況を説明しました。私も話しているうちに冷静な部分も出てきて、肺から出血してることには間違いないけど呼吸にはまったく支障がないことに気づきました。そして一番気になっていたことを聞きました。入院するのか、です。私はこの次入院するときはいよいよ死んでしまうときにしかしたくない、と心に決めています。できれば死ぬ時だってお家がいいくらいです。もう2度と入院なんてしたくないんです。
大体の状況を聞いた担当医は止血剤を飲んで止まるようならまた自宅で安静にだけど、止まらないなら入院の覚悟もしてね、と言いました。とにもかくにも病院にきて診察しないと、ということでてっちんとママと3人で高速道路を飛ばして病院に向かいました。

病院に着くといつもと状況が違うので3時間も4時間も待たされることなくすぐにレントゲンを撮って診察室に通してくれました。すでに咳止めをたくさん飲んで咳が出ないようにしていたのでどんな風に血が出るのか担当医に見せられなかったのですが、朝吐いたティッシュを持っていったのでそれを見せました。やはり強い咳をし続けていた事で気管が切れたか、肺の腫瘍からジワジワと出血したかだと言われました。でもレントゲンを見ても腫瘍になにか動きがあったとか、血液が肺に溜まっている様子もなく、出血の量からみても今すぐどうこうということはなさそうだと言われました。その瞬間私の車椅子を後ろから支えていたママが、安堵のため息をつきながらフラっとしたのを覚えています。
今すぐどうこう・・・はなくても、血が出ることは決してよい状況ではないので今後は止血剤を飲んで様子を見つつ、咳を極力抑えることに重点を置いて行きましょうということになりました。その止血剤も服用し続けると血が固まりやすくなって脳梗塞などになりやすくなってしまう副作用もあるので早く飲まなくてよくなるようになることを祈るばかりです。

10月までは結構元気だったから、お出かけしたり、ホギャー!っとおしゃべりに夢中になって奇声を発したり(笑)咳も健常者感覚で「このくらい大丈夫だろう」とゲホゲホ出しまくっていたので、そのつけが回ってきてしまったんだと思います。。。
咳止めに飲んでいるリン酸コデインは効き目が5時間くらいと聞いたので、最近はこのような「お薬何時に飲んだかシート」を作りました。飲んだ時刻のところに午前・午後のクリップを挟んで飲んだ時刻を忘れないように努めています。
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約1ヶ月経ってやっとこうしてブログに書くことができるようになりましたが、吐血してから毎日毎日怖くて怖くて不安でいてもたってもいられない日々が続きました。
病院から帰ってきた当日の夜はパニックにおちいり、夜中まで泣きじゃくっててっちんとママの手を離しませんでした。泣きすぎて疲れているのに不安で興奮して眠れないので最終的に咳がどうしても止まらない時用にもらっていたモルヒネを飲んで数時間後に眠ることができました。
それから最初の1週間はどうしても出てしまう強い咳の後につばを吐くとほんの微量ですが血液が混じっていてそれを見ただけで怖くなってパニックになってしました。
咳をしたらまた血が出ちゃうんじゃないか、これからどうなってしまうのか、夜もまともに眠れず悪いことばかり考えてしまいます。余計なことを考えないように夜通しテレビやDVDを見ながらウトウトするのですが、なぜか横隔膜がヒューッヒューッと変な動きをして目が覚めてしまいます。それを毎晩明け方まで。日中は寝不足と飲んでいる薬のせいでボーッとしてしまいます。緊張したり興奮したり、一生懸命話そうとすると咳がいっぱい出てしまいます。
さらに悪いことに自分の未来に自信が無くなってしまい、何もしたくない、何も食べたくない、欲しいものもない、やりたいこともない。。。という気持ちでいっぱいになってしまいました。
てっちんに「人間欲がなくなったら終わりだぞ!」と一喝されてもダメでした。

こんな感じで病院へ定期検診へ行く事の他は布団とトイレの往復くらいしかしない日々が続きました。ご飯もあまり食べられず、また少し痩せてしまいました。痩せたせいで余計に体力が無くなり余計に動きたくなくなってしまいます。悲しい感情があふれて泣いても、鼻は詰まるわ咳は出るわ疲れるわでうまく泣けないんです。泣くのって、元気じゃないと出来ないんだって良くわかりました。
こんなふうに夢も希望も生み出せない日々が続きましたが、てっちんや両親に気持ちを聞いてもらったり、J太郎に励ましてもらったり、ぴゅーこが心配して国際電話をくれて話を聞いてくれたことで少しづつ周りが見えるようになってきました。その後もお見舞いに来てくれた友達が話を聞いてくれたり面白い話を聞かせてくれたりして元気をくれたし、てっちんの会社の方が遊びに来てくれたりしてだんだん今までの私に戻ってきました。自分のどうしようもない気持ちを、いっぱい聞いてほしかったんだなって気づきました。みんなありがとう。
ブログで見守ってくれているみんなにも、話せば応援したり励ましてくれるってわかってたんだけど、どうしても書く元気がでなかったんです。ごめんね((+_+))
それから、2人の友達のお腹の中に今赤ちゃんがいるんです。一人はまさに予定日まっただなかで、その赤ちゃんたちにまだ会ってないじゃない!と思ったらなんだか急に「私、頑張らなきゃ。」と思えたんです、本当に。それからはまだまだやりたい事ややらなきゃいけないことがたくさんあるわ!と布団から起きて色々やるようになりました。まだまだ!まだまだ。。。ですよ。

昨日は定期検診で病院へ行ってきました。(今後は2週間に1度になったの)ずっと寝てたしご飯もあんまり食べてないからか、高速のインターに着く前から疲れちゃって病院に着いたら吐いてしまいました。相変わらずものすごく混んでいて予約してても3~4時間待ちだと言われたのですが、「具合悪くて来てるんだから早くして」と交渉してずいぶん早く診てもらいました。・・・といっても「調子はどう?薬はまだあるかな?」くらいの問診しかしないんだけどね。
なんせ診てもらっているのが整形外科なので、私のように内臓から具合が悪い人は少ないわけで、ほかの人も病人なんだけどちょっと先にしてもらってもいいかな~なんてね。。。だって、そんなに毎回毎回何時間も待てないっての!待ってるだけで余計具合悪くなっちゃうよー(-_-;)
おかげで予定より早く終わったのでママが私を元気付けるためにイオンに行こうか、と提案してくれました。なんとなく行けるかも。。。と思えたので連れてってもらい、クリスマスのオーナメントや帽子、年末ジャンボなどを買いました。2時間くらいいたと思うのですが、やはり後半は疲れがMAXになってしまい、イライラ・グズグズして車に戻った瞬間また吐いてしまいました(*_*;
家に着いてお布団に入ると、体と布団が磁石でくっついてしまったように動けなくなり、全身筋肉痛で起き上がれなくなってしまいました。ハフゥ~。
今日はたくさん寝たからいつもより元気です。今後も安静にしながらも、興味の持てることを見つけたり、友達に元気をもらったりしながら頑張ります。目指せ年越し!!!です。
ブログもまたこまめに更新して行きますね。本当に心配かけてごめんなさいでした。
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by amamasa2006 | 2006-11-28 23:53 | 病気と私


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