マコの闘病日記


闘病生活をつづった日記
by amamasa2006
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セカンドオピニオン~国立がんセンター~

今日はやぁぁぁっと!先日行ってきた東京の国立がんセンターでのセカンドオピニオンについてご報告したいと思います。長い文章なので休み休み読んでねヘ(゚∀゚*)ノ

まず、この国立がんセンターは日本で1番と言われるガン専門の医療機関です。最高水準の治療とガンの研究とガンにまつわる情報も一番豊富と言って良いでしょう。各分野の専門医がいて、私にできたような整形分野の腫瘍を専門とする医師は関東では今お世話になっている病院とココにしかいないらしく、初めて腫瘍が発見された時もこの2つの病院を紹介されました。東京では毎日の看病が大変という事で同じ県内の病院を選びましたが、今回現在の担当医の判断と自分の意思で、「もう治療はしない」という結果を出したのですがやっぱり、もし何か他に手があるのならば。。。という気持ちと、もちろん今の担当Drを信頼しているのを前提として、日本で1番の専門医も同じ結論を下すのなら納得しようじゃないか、という私と家族の意向で今回のセカンドオピニオンを受ける事となったのです。


国立がんセンターは東京の築地にあります。担当医から紹介の手続きをしていただき、やっと決まった予約日の時間は7月4日午後3時でした。2時半までに受付を済ませるようにと送られてきたFAXに書かれていました。
こちらからはママと私2人で電車に乗って東京へと向かいました。365日働くママと2人で東京に行くなんて生まれて初めてで、疲れないように寝ながら行かなきゃねなんて言ってたのに、上野までの約1時間嬉しくてしゃべりっぱなしの私でした(#^.^#)
上野に着くと兄が待っていてくれました。そこからは私が車イスなのでタクシー移動となりました。都内のタクシーは車イスの方の利用率がとっても多いらしくて、運転手さんはみんなとっても親切でした♪
国立がんセンターに程近い銀座で兄嫁のNちゃんと合流しました。この日のためにお仕事を午後からお休みにしてくれたんです。お兄ちゃん、Nちゃんあのときはありがとうね(^^)
そしてちょうどお昼になったので、Nちゃんの案内で目の前にあったビルの中の会席料理屋さんでランチを食べました。このビルは最近出来たばかりで、今ちょうど月9の「サプリ」というドラマで主演の伊東美咲とKAT-TUNの亀梨クンが働いているビルとして使われているそうです。(余談でした。)


そしていよいよ予約時間の1時間前となり、築地市場を横目に見ながら徒歩で国立がんセンターへと向かいました。
想像をはるかに超える大きなビル。中はまるでホテルのような造りでした。ロビーには沢山の人、この中には私のように他県からセカンドオピニオンを受けにきている方や闘病中の方がきっとたくさんいたのでしょう。
各種手続きをし、指定された階へと移動。またそこで少し手続きをし、呼ばれるまで待つように言われました。この時点でだいぶ疲れてしまった私は、ロビーのイスに横たわり寝ながらその時を待ちました。2時間くらい待ったでしょうか?人気の少なくなったロビーで私の名前を呼ぶアナウンスが聞こえました。
家族全員で先生のいる部屋に入りました。優しい物腰の先生と挨拶を済ませると、先生は茨城の病院から借りてきたレントゲンやMRIなどの資料を出し、担当医からの紹介状を読み上げ、今までの治療の流れを私と一緒に確認してくれました。そして切開生検で取り出した私の腫瘍細胞の顕微鏡写真を見ながら「私がもし診断するのであれば、胞巣状軟部肉腫(ほうそうじょうなんぶにくしゅ)と診断します。」と言いました。

このブログでみなさんにお伝えしている私の病名は「淡明細胞肉腫(たんめいさいぼうにくしゅ)」ですよね?
実は入院中担当医が、「病理のDr達からあなたの病気はもう一つ淡明~とよく似た肉腫ではないか?と言われているんですが、今の段階では私は淡明~で間違いないと。。。」という話を聞かされていました。しかし国立がんセンターの先生宛の紹介状の中には「のちに胞巣状軟部肉腫と病名変更」と書かれていました。
担当医の名誉の為に言いますが、これは誤診でもなんでもなくて、その謎はこの後書きます。

国立がんセンターの先生は、その後私にゆっくりとこの病気や整形分野の肉腫(ガン)について説明をしてくださいました。
前にもこのブログの中で私の病気と治療方針として書きましたが、整形分野の腫瘍とは手足や骨・筋肉(軟部組織)にできるものを指し、もちろん良性・悪性があります。悪性のものを肉腫と呼びいわゆるガンと同じです。
その整形分野の腫瘍・肉腫そのものの発症率は千人に1人くらいの確立でとても低く、その中でも私の以前の病名「淡明細胞肉腫」は100万人に一人の発症率と聞きました。そして未だ明確な治療方法や抗がん剤は見つかっていません。しかしながら私が今までやってきた治療は何人かの患者さんに医学的に効果があったとされるものでした。(残念ながら私には効果はありませんでしたが)
そしてこの時聞いた「胞巣状軟部肉腫」。これはなんと一千万人に一人の発症率という気が遠くなるくらい低い発症率の肉腫なんだそうです。
一千万人なんて急に言われてもピンとこなかったんですが、ついこの間TVで「現在日本全国にいる結婚適齢期の女性の数は一千万人ちょい」ってやってたんです。結婚適齢期がいったい何歳から何歳の設定なんだかわかりませんが、仮に16~35歳くらいと考えてみると。。。そっかぁ・・・私ホントに珍しい病気になっちゃんたんだ~と改めて痛感しました。
40年以上の歴史のある日本でトップの国立がんセンターでも、この病気の患者さんは今まで10人いたかいないかそして、この肉腫は今までどのお薬を試しても1度も効いたためしがないそうです。。。
つまり、私の担当医も初めから私の病気は胞巣状~であろうとわかっていたけれど、そう診断してしまったら最初から何も治療はせず、静かに余生を過ごしなさいといわざるを得ない状況になってしまうと考え、もう一つ可能性のある淡明~と診断して治療をしてくれたそうなんです。私も今となっては何も挑戦しないで終わるよりはそうして一緒に闘ってくださった事にとても感謝しています。

そして更に国立がんセンターの先生は、効くとされる抗がん剤はまだないけれど、どうしても治療がしたいのであれば、例えば同じ病気の患者さんが誰も試した事がない抗がん剤を使ってみる事や、まだ薬として認可が下りていない治験薬を国立がんセンターに転院して使用してみるという選択肢があることを教えてくれました。
しかしそれには沢山のお金や今まで以上の家族の労力、そして何よりもどんな副作用が出るかわからない危険や、今までの治療で衰えた体への更なる攻撃がついてきます。私は先生に「効果うんぬんの前に、治療途中で衰弱して死んでしまう事もありますよね?」と聞きました。先生はうなずきました。分かりやすい図を書きながら、ガンの治療で1番良い結果は「治って再発もしない事」2番目が「ガンが少しでも縮んで進行を遅らせる事」3番目が「現状維持でそれ以上進行させない事」そして1番怖いのは「無理をして治療した事で死期を早めてしまう事」と説明してくれました。
すると後ろで聞いていた兄が「もし先生のご家族が妹と同じ状況になったとしたら、先生は一個人としてどうされますか?」と聞きました。先生は「もし私の奥さんが同じ状況になったとしたら、これ以上の治療はさせたくありません。」と答えてくださいました。そして私に「最終的に決めるのはあなただけど、どうするか今すぐ決める必要はないから、ゆっくり考えるといいですよ。もし治療を望むのならばいつでも相談に乗りますからね。」とおっしゃいました。

病名が変わっていた事、しかも更に難しい病気であった事。1度は担当医から「あなたはやれる事はすべてやってきた、もう治療は止めましょう。」と言われ、ある程度気持ちに整理はつけたけれど実験的な治療の中にもしかしたら私が助かる何かがあるのかもしれないという可能性とで頭の中がいっぱいでした。
でも、今までやってきた抗がん剤治療がどれだけ辛かったか、心がどれほどに怖くて寂しかったか。。。未だにその恐怖から開放されず、体の衰えも続いている中であまりに低い可能性の治療に挑む勇気は私にはありませんでした。もし、50%の確立で効果があるかも!っていうのならきっと頑張ったでしょう。でも、もう私は自分でも十分にやったと、泣いてばかりだけど治療に後悔はないんだと心に決め「治療はもうしないと思います。」と泣きながら言いました。それはそこにいた家族も来られなかった家族もみんな同じ気持ちだったそうです。それから「今後同じ病気になってしまった人のために、早くこの病気のお薬がみつかるといいですね。」と私が言いました。先生も「そうですね。もしみつかったらすぐに連絡しますからね。」と言ってくださいました。でもお薬の開発がまさか1年やそこらで急に見つかりました~なんてことはあり得ない事だって内心は分かっています。それでもそう言ってくださった先生の心遣いに感謝します。

それから先生が「せっかく来たのだから何でも聞いていいんですよ。」とおっしゃってくださったので、ずっと気になっていた事、この病気になるには何か原因があるのですか?と聞きました。
例えば肺ガンならタバコを吸っていたからとか、胃ガンならピロリ菌を持っていてからとかそういうものではなく、この病気はDNAの中の2つの部分の突然変異によってガン化するものだというところまでは解明されているんだそうです。
私は4~5年くらい前から縄跳びやジョギング、ジム通いなどを続けていて一時期は1日にものすごい量の運動をしていたことがあったので、それが原因かしら。。。なんてたまに思ったりしていたんです。それからうちのママが「私がマコをこういう体に産んでしまったのかもしれない。。。」と言っているのを聞いたことがあったので、そうじゃない事が聞けて良かったです。胸のつかえが取れました(*^_^*)

それから最後にこの病気は普通のガンとは違い非常にゆっくり進行するタイプのものだと教えてくれました。(これはその後兄が本人不在で癌研有明病院にセカンドオピニオンを受けに行ってくれた時も同じように言われたそうです。)ゆっくりってどのくらい?って思うけど、詳しくは分からないけど事実まだこうして元気でいるし、毎月1回の定期健診で胸のレントゲンを毎回撮るんだけど、昨日の結果では4月のものと比べると今までよりも小さなツブツブと見えるガンの影が増えているものの、入院当初からあった影は急激に大きくなるような動きは見せず、自然とほんの少し縮んだようなものと新しく増えたものが入り混じるという担当医曰く「まったくもって奇妙な動き」をしていて予測不可能だそうです。
今のところ極端に空気を吸えてないような事もないし、肺に水が溜まっている様子もないそうで「このぶんなら紅葉も見られそうですね。」とのお墨付きを頂きました。う、うれしぃぃぃ(:_;)
それでもいつかはもっともっと苦しくなる時が来るのでしょうが、今私はこう思います。
この若さでガンに侵され治る事ができず、歩く事もままならないけれど、家族の介助やたくさんの友人からの励まし、そして何よりてっちんの大きな愛に包まれて生活できている私は本当に幸せ。それでも病気を憎むこともまだまだあるけれど、同じガンでもゆっくり進行するガンであったことはもしかしたら神様からの最大のギフトだったのかもしれない。
これからどのくらい生きられるのか?案外たくさん生きちゃったりして??(笑)少し痛む胸や足、咳、疲れやすさ、食欲のなさがたまに不安のるつぼへと私を引っ張って行くけど負けないで頑張らなくちゃ!1日でも長く。

以上がセカンドオピニオンでの結果と、それからしばらく経っての今思う私の気持ちです。 書く書くといいながらだいぶ遅くなってしまった事をお許しください(>_<)
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   ☆★☆お昼を食べたビルでママと。完全なおのぼりさん状態(笑)☆★☆
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☆★☆巨大な国立がんセンター。車イスを押しているのがママ、右を歩いているのが兄です☆★☆
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by amamasa2006 | 2006-08-29 22:26 | 病気と私
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