マコの闘病日記


闘病生活をつづった日記
by amamasa2006
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五年目を迎えて

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五回目の命日を今年の六月十一日で迎えてしまいました。月日の流れる事の速さに痛感しております。
五年ごとに 神道では祭祀を執り行うのが 仏式で言う 三回忌 七回忌等にあたります。と 言うわけで今月の九日の日曜日に ごくごく親しい従兄弟や叔父叔母 そしてし市内在住の友人に集まっていただき 墓所のある常盤共有墓地にて 五年祭を水戸八幡宮より神官を招き執り行いました。
もっともっと多くの方に声を掛けるべきかとは思いましたが 慎ましくと思い遠方の方へは知らせずに行いましたが それでも遠くはイギリスから わざわざ自宅まで来て頂いたオヤケ 東京で一緒に仕事をしていたという山田さん 渡辺さん 仕事で出席できないからと 大きなお花を届けてくれたカヨ。
思い描いていたより 沢山の方にお参りして頂き 感謝の一言につきる思いでおります。

昭和五拾年二月十四日バレンタインディに生まれ 平成二十年六月十一日逝去
三十三歳(享年三十四歳)でした。

今振り返り どのように共に過ごしてきたのか 思い起こすのですが 高校の高学年になると あまり共にすごす事も無くなり 卒業とともに上京したので マコの祖父が病で入院したので 介護のために帰水するまでの数年間のことは ほとんど知らないまま。 思い出して 思い出されるのは 中学に入るまでの幼少期のことばかり。それ以外は病を知って闘病生活に成ってからの事ばかりです。 女性として輝いていただろう
そんな時代のことは 何にも解らずにいる事が何んとなく寂しく思うこの頃です。時折東京でともにすごした山田さんが尋ねてきてくれるとき 少しですが 知ることが出来るぐらい。もうこのブログを開いて下さる方も少なくなりましたが 東京での生活を知る方がブログを開いて下さったら 是非その時代のマコのことを書いて(公開)欲しい思いでおります。

五年の月日がたつと 多分自分のことだったら ほとんどお参りに来てくれる人は居ないと思いますが
マコのお墓には 私たち以外の方が お花やお線香を 黙って捧げて下さる方が 沢山おります。
ありがとうの一言に尽きます。
一言の言葉を書いておいて言ってくださる方。
叉ブログを読んでお参りに来ました。と言う方。
お逢いしてお礼が言いたくても 出来ずにおります。

そんな訳で今日 マコの墓前に 来奉者に書いて戴こうと 記帳帳を置いてきました。
是非お越しに成りましたら 一言の言葉を書き置いていって下さればと思っております。

五年目を迎えて 改めて
多くの友人 そして コメントを寄せてくださった沢山の方に 改めて感謝しております。

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# by amamasa2006 | 2013-06-13 21:57

マコが一番輝いていた日

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2006年2月4日  その日マコが一番輝いていた日。 今日で7年目。 ふとその場所(水戸八幡宮)に立ち寄ってみました。七年前の今日と同じように 節分祭のかたずいていない境内でしたが 七年前を思い起こし しばしマコとともに過ごしてきました。
前にもこのブログで書きましたが 七年前の一月三日 婚約が調い春か秋には式を と 話したばかりの30日 今迄痛んでいた足の検査のつもりで行った病院から別の病院での検査を指示され 結果 右大腿骨軟部肉腫 肺への転移著しく 余命半年の宣言を受け6日より 入院治療が決まった事を 先方の両親の計らいにより 結婚式を挙げようと言うことになり 水戸八幡宮の氏子であることから 節分祭の豆まきの忙しい中 無理やりの挙式をお願いして マコ 一世一代の晴れ舞台に望んだのが 今日二月四日。
マコの一生の中で 一番輝き 親の贔屓目からか 一番綺麗でした。
当日の前の夜 前夜祭と称してどこかで友人に囲まれての夜を過ごし 疲れてはいるようでした。
記念に写した写真を今も振り返りながら見ています。式の後も 私の経営する35人も入れば超満席の店で 立って居る場所すら無いほど友人 知人 身内の方が集まり どんちゃん騒ぎの披露宴。 そして この先傷んだ肺では歌うことが叶わなくなるからと 大好きなドリカムの大きな声で熱唱 その時の輝きが忘れられずに マコが残したドリカムのCDを時々聞いている自分。
この日が一番の思い出にもなっています。

掲載の写真は 今から神社の中へ入るところ。
下の写真は今日の八幡様です。 
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# by amamasa2006 | 2013-02-05 03:41

早いものです! あれから四年と三か月

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今年の六月十一日  四回目の雅子の命日を迎えてしまいました。
その日にブログを更新したかったのですが  今頃になってマコが居ない 何か物足りなさを感じ
更新のためのPCに手が出ませんでした。 四年たった今でもこのブログにアクセスして下さる方が沢山居てくれるし 四年たった今でも祥月命日には 欠かさず墓前に花を手向け マコの部屋に集って下さる方が居ることに感謝しながらも なかなかにブログの更新に手が出ませんでした。申し訳なく思っております。

さて この六月十一日には  何時ものようにマコの墓前に集って下さる方 遠方はイギリスより生花を届けてくれるマコの親友。 そして東京でお世話になった方からもお花を届けて頂き アップした画像の通り にぎやかな祭壇となりました。本当に感謝 感謝の一言に尽きます。
以前にもお話ししたように これが自分の場合だったら 花一輪も無い そんな祭壇だろう と。

お墓によって下さったhiroさん そして名前を告げずにお花を手向けて頂いた方。
今度は是非マコの祭壇にも手を合わせてに立ち寄って下さいね!
本当に感謝いたしております。

四年の月日はアッと言う間に過ぎてしまいました。 今頃になって時々マコの子供のころの夢を見ます。
そして マコの居ない事に何か空白を感じさせられ やっぱり居なくなったんだなー!って
さみしさを感じています。マコが旅立つ丁度三か月前に 長男に女の子が授かり その子が四歳。逢うたびにあの頃のマコを思い出し  あの時は海に 田んぼにと やたら連れまわったことを思い出して 長男の子(孫)が異常に可愛く感じています。 今年の夏祭りに来たときには お祭りの金魚すくいに連れて行って欲しいと言うので もっと楽しませてあげようと 金魚屋さんに連れて行き 小さい金魚50匹と金魚すくいの紙の網100枚を一緒に買ってきて  最初は一匹もすくえずにいたのですが東京に帰るときには 一枚で三匹も四匹もすくえるようになったと喜んでいる孫を見て 自分が一番喜んでいた姿を 昔に振り返ってマコを思い出しております。  
なんだか自分の話になってしまいました。申し訳ない。でも今となっては自分から見た思い出のマコだけしか書けませんので………………………。
お盆の時祭壇を作り直していたら まだ小学生だった時のマコの写真が(他にも沢山ありますが)出てきたのでしばし手を休めて 写真と時を少しておりました。
これからはマコにしてあげられなかった沢山の何かを 孫に注いでいきたいと思っております。

とりとめのない話になりました。 沢山のマコの友人 そして このブログを読んでくださっている方々に
感謝と 多くの幸が訪れることを願いつつ 四年目の更新をさせて頂きました。感謝。 
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# by amamasa2006 | 2012-08-25 04:47

あれから三年

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このブログのマコが 旅立ってから今日で三年の月日が流れてしまいました。
時が経つにつれ ブログを読んでくれる方など 居ないだろうとPCを開く回数がだんだん減ってしまい 時折開いても 心無い投稿が続き(以前はこのサイトの管理者が削除してくれていましたが)時と言う物は非情なのだと そう思っていましたが   2010年の10月にkEISUKEさんが そしてこの6月4日には順さんから 新しいメッセージがあり まだこのブログを開いてくれる方が おられることに娘マコに 又接することができたのだと うれしく思っております。KEISUKEさん そして順さん 順さんにはご結婚おめでとうと 言わせて下さいネ
KEISUKEさんの猫 たぶん可愛かったのでしょうね。 順さんの この病気の大変さ 理解できるつもりでおります。 そんな中 8年間もの月日を頑張り抜いたことに そして結婚したことに 本当にうれしく思います。娘マコは その結婚と言う事を決めたその矢先 この病気が発覚し 三ヶ月の余命と診断をされ 言葉すら出ない 何を思い 考えれば良いのかも解らなくなるほどの状態でした。三年前の今日6月11日旅立ちましたが この三年 毎月の祥月命日には 従妹の潤子 友人のゾウさん 桜井 みほ 学 そして 今日遠方より花を届けてくださった トウジョウさん マコに変わって御礼を言わせていただます。本当に毎月欠かさず何人かが11日にマコの霊前に集まってくれている事 まだまだマコがそこにいるように嬉しく感じているそんな日々 特に3 月11日の あの大震災のその そのときにも いつものメンバーに加えて 息子と孫が来ており 全員で庭に逃げ座りこむように ゆれが収まるのを供に過ごしました。家中の家具 冷蔵庫等が倒れ その日は孫の誕生日でも あったので 孫は 地震誕生日 地震誕生日と 心に大きく印象が残ったようでした。

今はそんな孫が マコの幼少の時を思い出させてくれるのか 可愛くてしかたがありません。同じ女の子でもあり 娘マコにはしてあげられなかったことを 何でもしてあげたくなります。孫がマコの年になるまで 自分が存在しているかは解りませんので せいぜい今のうちにマコと過ごしている そんなこの頃を過ごしています。

もしかすれば 又 このブログを開いて下さる方が折るかも知れないと 三年目の今日 投稿してみました。                マコの父として。
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# by amamasa2006 | 2011-06-12 04:51

早 一回忌を迎え 

マコの旅立ちより 早 一年。 ブログも其のままにして置いた方が良いのかと 
マコに代わっての投稿を差し控えていましたが 
一年たった今でもブログを開いてくださる方が居られるので 一年を期に 前の記事に記載したマコのモニュメントを公開させていただきます。
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さて 一年って早いものですね、
マコが旅立って この一年 多分私の場合なら 妻と子供(息子が一人)ぐらいしか お参りはしてくれないだろうし 一年もたったら 忘れ去られているのでは と 考えてしまいます。 
それがマコの場合 毎月欠かさず友人 私の義理の兄弟 マコの従姉妹数人がいずれとも無く集まって マコを囲んで ワイワイガヤガヤ マコと話しをしたり  花を手向けてくれたり 
又誰かしら わからないのですが お墓に お花や線香をあげて頂いております。 
毎月祥月命日は あたかもそこにマコが居るかのように。

マコは 私たちは通称 ノラ と呼んでいました、
野良猫のノラ 猫はいつの間にか何処かへ出かけ いつ知れず部屋で寝ている、
そんな事が多かったからですから 今でも天上に召されたと云う感じがしません、 
多分又何処かへ遊びに行って 今度のお盆(新の7月)には帰って来るのだろうとしか。
多分 三ヶ月の命と言われたのに 二年半の時を ともに過ごせたせいだと思っております。
その二年半 このブログによって勇気付けられ 元気付けられていた事を 改めて読み直すたび感じ 
コメントを送ってくれたみんなに 
改めてお礼を申し上げます。

先日の11 日 マコの一回忌の祭祀をおこないました。
友人 親族が集まりマコをしのんでいただきました。
又 遠くはイギリスより そして千葉 東京等遠方の友人より献花を戴き
東京よりご家族揃ってお墓に 祭壇にとお参りをしていただき
嬉しく思っております。

祭祀を取り持った 神主様の話によると 一年で神様の下に神となって行くそうです、
それならと 神になったマコに  今度はみんなの健康と幸せを授けることこそが  
恩返しだよと 今はマコに言い聞かせている毎日です。
どうぞ皆様も お体を大切に過ごしてください。
健康であっての人生ですから。
取り留めの無い投稿になってしまいました。

次回更新の時迄。
                                   マコの父より
  
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# by amamasa2006 | 2009-06-18 01:52

このブログへコメントを贈って頂いた全ての方々へ

小宅 nao wakabon kokoroomete イシヤマトモミ T マナブ レイコ ANE こび 秀 ぴゅーこ まりちゃん Kシ せいじ 久々のスーパースター寿司やのK いも子 かおりんご タイの人 香サマンサ にえこ Tの旦那 マナビシ のぶこでーす ZOO kaorisama tat こぴよめ 看護師 宮口なつ子 まさこ まりこ みっくす マンマルボイス 更紗 まみ 柏文祥 安原(伊藤) かごし mi-no 須田誠二  天谷宏行  ちえこ  吉田昌樹 H しゅういち まな 吉田裕介 美貴 Kヨ 石山友美 弥生 りぃーまぁー なおみ キムラ嫁カオリ yumeguri 中平 orino 奥 イチロウ mako2 ANE マルコ 奥様K 誠二 通りががりの みちる 幸太 ガンセンターの先輩 あーにゃ 南貴子 みこ  初めまして うさお ヤマ orakuji その他多数のコメントを贈って頂いた皆さんへ。


毎回コメントを贈って頂いた方 初めてコメントを書いて頂いた全てのコメンテーターに 
亡き雅子に代わって厚くお礼を申し上げます。 
昨夜 やっと全てのブログとコメント(非公開を含めて)を読み終えました。
そして全てをプリントして霊前に供えさせて頂きました。

このブログにより辛い闘病生活を乗り切る力を与えられていたことを 
今更ながらに痛感しています。
 
多分この日記とコメントが雅子に取っての生きがいだった事と思っており 
亡き雅子に代わり 最後のページを勝手に掲載し 
全ての方々に感謝して最終投稿にさせて頂きたく思います。

最後のページですので マコの事 少し話したいのと
ブログを読むために初めてパソコンに接した父の日記と思って下されば幸いです。

昭和50年2月14日 世はバレンタインデー。待望の女子出産の報を受けながら 仕事から離れられず 帰宅後初めて見る子は サルの様な 真っ赤な顔した 触ると潰れそうで 抱く事も出来ませんでした。
祖母の名前が  まさ。 その名を頂いて 雅子と命名。
健康にすくすくと育ち 祖母にこよなく可愛がられ 愛され おばあちゃん子に育ち  
其の頃より 金魚やめだか 犬等 生き物の好きな女の子でした。 
幼稚園に行く頃には私と一緒に キャンプや釣りに 田んぼにドジョウ取に 
近くに有った釣堀にと 野生児のこどく育ち 
いずれ大きくなったら 私と恋人のごとく買い物や遊びに行く姿を楽しみに見てきました が 
高校に入る頃から 何時しか娘のアッシー君だけの父に成り 何か寂しさを感じている頃 
東京の学校へ進学 だんだん離れた存在になっていました。

祖父の看病のために帰水してからも 通称ノラ のごとく 家に居ることは少なく 
ZOO達と友達と過ごす時間が多く  ほとんど父との会話は無くなりました。
男親とは寂しいものと。。。。

何れ嫁に行けば 他人の人に成ってしまうんだから仕方が無いと 半場あきらめている頃 
案の定 数年の交際を経て 何れは結婚したい人が居ることを伝えられ 
私は言ってやりました

(俺の可愛いマコを 嫁にしたいやつは 一発ぶん殴ってやるから)と。

マコは本気にしていたようです。

そして2006年正月3日  
(僕に下さい ぶん殴られても)と
てっちんよりの結婚の申し込みを まさか殴るわけにも行かず 
結局は男親の寂しさを感じながら 結婚式には泣いてなんかやらないからと  快諾。

そして運命の日が。
1月30日  
数年前の交通事故での後遺症として痛む足を再検査治療と近くの街医者に行ったところ 
大きな病院での再検査を指示され 
ナンデカナーって感じで受診、
またまたもっと大きな病院での再検査を指示され 
これは何かあると母親と病院へ行ったのが 
宣告の日。
余命3ヶ月。
耳を疑い 何で どうして 何があったの  
私たち家族全てが人生最悪 真っ暗な日に。

それでも気丈な母に支えられて 
2月6日入院 すぐに最強の抗がん剤での治療を決め帰宅、

母親とも話し 折角の婚約も破棄して 結婚をあきらめるよう話しましたが
本人は元より  てっちん そしてご両親の暖かい気持ちに 入院二日前の2月4日
節分祭で忙しい中を 水戸八幡宮の宮司様に無理やりの挙式を依頼し 
境内にて極寒の中 何とか花嫁衣裳に身をかざした娘の結婚式を挙げ 
私のレストランでドンちゃん騒ぎの披露宴 
 
二度と歌えないかもと 大好きなドリカムの  ラブラブラブを本人熱唱。

よく5日だけ てっちんとの時間を過ごし6日には入院。

娘は嫁に行けば結局 親とは離れていくもの と 寂しさを感じていたのが一変。
親と子の誰にも入れない感情が一気に湧き出し 
無言の心の通じ合いが抱きしめる娘からひしひしと感じ お互いに涙し
無言の病院への見送り。

入院後の死への恐怖との戦い 電話でのやり取り 変わってやれない辛さ。
書ききれない程の気持ちでした。

結局死ぬことへの必然さを聞かせ 
全ての人が明日交通事故 言われ無き殺人等で死んでしまうことがある事を話したりして
死を見つめず 少しでも長く生きる希望を持つよう諭すのが 精一杯でした。

その後はブログに書いてあるように過ごしましたが
強い抗がん剤も効かず セカンドオピニオン診断も希望の持てないものと知り
全ての抗癌治療を断念し 自宅にての療養と家族との時を得ることに決め
ブログ掲載のごとき日々となりました。


今年に入り体力も低下し3月頃より寝たきりとなり心配な日が続きましたが
6月に入る頃にはかなり元気になり 食欲も増し 入れなかった風呂にも入り 
私とも いつも以上に長い時間 話などをして 
暑い夏を頑張って乗り越そうと話していた矢先の11 日。


其の日は朝から元気で トイレも済ませ 
お昼ごはんにソーメンでも食べようかと 話していましたが 
二時半ごろより体調が急変 
主治医の来診を待ち 三時12分静かに母親に抱かれたまま。。。。。。。。。。


 病気のお陰で普通の親子以上の親密な時間を過ごし 
又 病気の娘と真剣に喧嘩し
三ヶ月と言われた日を 大幅に延長  
二年半もの時間を得ることが出来たこと
又 病気発覚とともにてっちんを得られたことに
全てが早くても遅くても 違った様相を呈したのではと、 
この時にこの状況になれた事に納得しています。
 
結婚も出来ず 友達も無く ブログの事も知らずに居たらもっと最悪だったからと。

さてこの7月11日は祥月命日に中り てっちんの両親 近しかった友人が来てくれるそうです。嬉しいことです。
自分が死んでもさてさて誰が来てくれるのかなーって考えると娘がうらやましき限りです。

神道(神社での葬儀)でおくりましたので 
百日祭(物事での49日)を9月21日にいたします。

其の日までにお墓を建立しマコの納骨をしたいと今 友人達の手を借り 
雅子の墓標を マコをしのべるモニュメントとしてデッサン中  
球体のオブジェに 三日月と六角支柱に マコの顔のイラスト 
好きだったドリカムの五線譜をあしらう
 
そんなモニュメントを計画作成交渉中です。
其の日に百日祭と納骨式を行う予定で折りますので 
参列はどなたでもいといませんので 是非ともご連絡を下さいませ。

最後にマコを今まで 支えてくれた皆様に
心より 厚くお礼を申し上げます。

最後の最後に 今病気で戦っている人  健康に過ごしている人に 
マコに伝えた言葉を記し  最終のページとさせていただきます。

(人は 明日 交通事故 言われ無き殺戮で
     命を落としてしまう事が有る。
        誰しも 死と直面している。
           死を恐れて生きることは 破壊だけを生む
              死を考えず  生も考えず
      ただ ひたすら 今日を大切に生きろ)と。

ブログは毎日 今でもチェックし 新しいコメントはプリントして霊前に供えています。

最後のコメントを マコ共々 お待ちいたしております。

長い間 有難うございました。                 父より



                   
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# by amamasa2006 | 2008-07-07 04:33

報告パート2

一段落ついたので 夫 てっちん から一言書かせてもらいます。

無事告別式も終わり一区切りついてとりあえずマコもホッとした事だと思います。

葬儀に参列してくださった方々、ブログにコメントをくださった方々、並びにマコを励まして下さった方々全ての方にこの場を借りてお礼申し上げます。

ありがとうございました

お蔭様で自分自身もある程度は気持ちの整理をつける事が出来ました。まぁ心にポッカリ空いてしまった部分は日増しに大きくなってますが・・・(笑)

ただあんまりウジウジしてるとマコに怒られそうなんで頑張ります!


おそらくこれが最後のブログ更新になると思いますが今まで沢山の方々に暖かいお言葉をかけて頂き嫁に代わって深く感謝致しております。

本当に有難うございましたm(__)m

マコは寂しん坊で甘えん坊なのでみなさんたまには顔を見に来て下さいね!


PS.マコへ
探してた指輪・・・やっと見つかったよ(笑)無くなっちゃったと思ったけど良かったのぉ…(@Д@;
ちゃんと磨いて飾っておいたので怒らないでね(笑)
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# by amamasa2006 | 2008-06-27 15:10

みなさまにご報告があります。

平成20年6月11日午後3時11分 妻雅子が天国へと旅立ちました。

生前お世話になった方々、及びこのブログなどに励ましのお言葉を頂いたみなさまにとても感謝の気持ちでいっぱいです。
ありがとうございました。

正直今この文章を書いている間もまだ信じられない気持ちが強く心の整理がまったくついていません。

色々書きたい事、伝えたい事、頭の中で考えている事、たくさんありますが今自分が言えるたった一つの事を書きます




マコへ

お前と一緒にすごせた人生はオレにとってとてもとても素晴らしい日々でした。
一緒に笑いあって、時には喧嘩して、マコの真っ直ぐな性格はいつもオレの背中を支えてくれたよな
だから最後にこれだけは言わせろ


オレにとってマコは最高の妻であり、最高の友達であり、最高の仲間であり

最高の女でした

本当今までありがとうな

お前の心や生きてきた証はちゃんとオレが生涯大事に持ち続けるから心配すんなよ

だからゆっくり休んで下さい

ずっと愛してるからな



                                          夫 てっちんより
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# by amamasa2006 | 2008-06-11 23:23

ケジメ、つけてきます。

みなさんこんにちは。またまたお久しぶりの更新になってしまいました。あんまり間を空けて更新すると具合が悪いのかと心配させてしまったり、むしろ忘れられてしまうのではないかと不安がつのります。

さて、最近のわたしですが、前にも何度か「トイレに行くのがとっても大変だ」と書きましたね。
それはそれは1回1回が大変で、歩いて行って帰ってきたなら足腰ハフラフラ・息は絶え絶えでその後復活するのに30分はかかってしまいます。なのでもう無理はよそうと家の中で使う小さめの車椅子と簡易トイレを買いました。
簡易トイレはママしかいないときしか使いません。後は小さい車椅子で歩いたって10歩ほどしか離れていないトイレに連れて行ってもらいます。トイレの前から1歩踏み込んで用をたしてまた1歩出る、までは自力でやります。お風呂に行く時も同じようにしてもらっています。おかげで歩いて行っていた頃に比べて雲泥の差でらくになりました。(それでも行ったりきたりでハァハァはしますが)でもこうした生活をしていると、どんどん歩けなくなるもんで、今多分ほとんど歩けなくなっちゃったんじゃないかな?でも仕方ないです。無理はできませんから。。。
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                   これが室内用の小さい車椅子です。

それからもう一つ、大事なお知らせ。前にお伝えした左手の薬指はの転移が先生からはっきりと転移だと診断され、来週の火曜日に第一関節から切断することになりました。
最初にこのことを書いたときよりもまた更に腫瘍は大きくなり続け、いまこうしてPCを打つのにも支障があるくらい不便です。文字通り「腫れ物」が指先にあるわけで、なるべくそこに物が当たったりしないように注意しているんだけど左手って案外使うのね、しょっちゅうぶつけたり圧迫しちゃったりで痛い思いしています。
手術は日帰りの局部麻酔で。局部麻酔には足を切開した時の痛い・怖い経験があるから今からいろんなこと想像しちゃって頭ン中パニックです(@Д@;
色んなこと考えて、指先がなくなったら何が不自由かな~、と考えました。とりあえずPCが打ちにくくなる事と、あとギターが弾けなくなること!左手の薬指なんて超~大事じゃん!っててっちんに言ったら「あんまり弾かないからいーじゃん。」とあっさり言われました。まぁね、今はね。

そんなこんなで来週はアッシ、指をつめてきます。なのでしばらくはピーコラしてますし、ブログも少し休憩します。また指が使えるようになったら手術の時の様子なんかを書きたいと思っています。私があまり痛い思いをしないよう願っていてください。それでは頑張ってきます!
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# by amamasa2006 | 2008-03-23 11:14 | 病気と私

2月14日/誕生日とバレンタインデー

皆様こんにちは。もうそろそろ2月もおわりでいつのネタ書いてんだよ、と突っ込まれそうですが、2月14日は私の33回目のお誕生日とバレンタインデーでした。
朝からひっきりなしに携帯におめでとうのメールがバンバン届き、その他にもお花やプレゼントやカードなどが届きました。できるだけたくさんありがとうのお返しメールを打ちたかったのですが、あまりにもたくさんありすぎて返せなかった方のほうが多かったと思います。。。なのでここでホント遅ればせながらですがお礼を言わせてください。毎年覚えててくださってありがとうございます。また1つ年をとれたことの喜びをかみ締め、また来年も同じようにみなさんにお祝いしてもらえるよう頑張ります!本当にたくさんの愛をありがとうございました(*゚∀゚*)

さて、当日はてっちんはお仕事でしたが友人Zが中心となって3時からお誕生パーティーを開催してくれました。参加者はZ・ブブ・J太郎、仕事が終ってから参加の後輩M・Kヨです。
Zとブブは3時より少し前に家に来ると手作りのモールやHAPPY BIRTHDAY MAKOと手書きで書かれたバルーンを部屋に飾りつけし、私のママの手を煩わせないようにとケーキやカットフルーツまで持参で盛り付けしてくれパーティーは始まりました。

今年のケーキはハート型のチョコレートムースでケーキの中にも上にもイチゴやラズベリーなどの甘酸っぱいフルーツがゴロゴロ盛られていてとっても美味しかったです。あんまり肺活量がないのでロウソクを吹き消すのはやめました。それに切るのがちょっともったいないくらいキレイなケーキだったなぁ。もう一回たべたい(笑)
それから皆からプレゼントを頂きました。すてきなルームウェアやブランケット、お花やサシェ、ウォールマグ、フェイスタオル、みんなみんな大切にします(≧ω≦*)みんなありがと~!

「てっちんが帰ってくるまで」と解散時間を決めていたんだけど、最近てっちんは忙しく9時近くにならないと帰ってきません。3時~9時は私にとって相当な長丁場になるので始まりから終わりまで布団の上で過ごさせてもらい、途中少し横になって休ませてもらいました。それでもみんなが久しぶりに集まったこともあってガールズトーク炸裂で肝心の写真を撮ることも忘れお話に夢中になってしまいました。あ~楽しかったヘ(゚∀゚*)ノあ、それからてっちんにもバレンタインのプレゼントありがとうございました♪毎日少しずつたべてますよ~。

そんな感じで今年の33歳の誕生日も皆のおかげでとっても素晴らしい1日になりました。皆のたくさんの愛を感じ、オイラとっても幸せだよ~。絶対に来年もこんな風に年を重ねたいです。皆本当にどうもありがとう~!
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        結局これしか撮れなかった唯一の写真。美味しかったぁ。
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# by amamasa2006 | 2008-02-23 08:24 | 友人と私


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